第二十話 舞踏会3
スーツに身を通しながら、冬樹は昼間のルナたちのことを考えていた。
冬樹が大会に参加していた間、ルナたちは貴族の集まるパーティーに参加していた。
おかげで、どうにも注目はあびたようだ。
だから、より印象付けるために、夜の舞踏会に少しの時間でいいから共に参加してくれ、という話になった。
疲労はあるが、そういうのならば仕方ない。
鏡の前で髪を軽く整えて、ネクタイをつける。
ようやく、万全の状態となった。
軽く体を動かすと、扉の前で待っていたルナとぶつかりそうになる。
「おっ、どうしたんだ? つーか、こんなところで待ってると危ないぞ?」
「……いいじゃないですか。今日一日全然お話しできていないんですよ?」
「そういえばそうだったな」
ルナもだいぶ疲労しているようだが、笑みには力がある。
「それじゃあ、行くとするか」
「はいっ」
ルナが手を掴んできたため、引っ張られるように外へと向かう。
準備を終えているイチやサンゾウとともに、竜車に乗る。向かう先は昨日と同じ会場だ。
会場につくと、一階は閉鎖されている。各代表は全員二階への参加になる。
二階へとあがると、相変わらずのゆったりとした貴族たちが楽しそうにしていた。
すぐにリコは別の貴族への挨拶に向かってしまい、イチとサンゾウも食事へと向かう。
護衛、のはずだが、冬樹がいれば問題ないから、だそうだ。
二人に信用されているというのもあるが、うまく利用されているような気がしてならなかった。
「ここに来れるのは、大会でベスト8に入った人や招待されている貴族だけですよ」
「へぇ……けど、ここまで残ってるのはたいてい誰かの推薦を受けている奴なんだろ?」
「まあ、そうですね。ですから、今のうちに牽制しあう者もいるのです」
「あまりそういうのには混ざりたくないなー」
今も冬樹への注目が多くあり、貴族たちにも声をかけられる。
それらに挨拶を返していく。
どこか、かんぐるような目をしている者もいる。隙を見せれば、良い様に利用されそうだ。
と、美しい黒髪をなびかせながら、一人の女性が近づいてくる。
隙のない立ち姿から強者であることがわかる。警戒しながら冬樹は頭をかく。
「どうも、レナードがお世話になったようだね」
「……え、ええと」
恐らくは色騎士の一人だろう。
色騎士はなぜか髪の色に対応している。
黒髪、黒目……まるで日本人のような彼女は、恐らく黒騎士、なのだろう。
「ああ、まだ名乗っていなかったね。ボクは黒騎士だ。よろしく」
差し出された手を握りかえすと、さわさわとこすられる。
「な、なにか?」
「いや、良い手だねと思ってね。キミ、なかなか好みの顔をしているよ」
「ありがとさん」
軽い調子で返事をする。どうにもからかっているのは見ていればわかったから。
黒騎士は苦笑まじりに手を離した。
黒騎士は何か人差し指で後ろを示してくる。
どうしたのだろうか。冬樹は疑問顔で振り返ると、むくれたルナの姿があった。
一応、現在はご主人様みたいなものだ。
それが別の貴族に近い地位の人間に好かれているのがつまらないのだろう。
なだめるように両手を振ると、ルナは手を引っ張ってくる。
「黒騎士さん、今は私のなんですからね」
「そうだね、ルナ。それよりも、いい人を見つけたんだね。ふふん、ボクに匹敵する実力だって、レナードから聞いてるよ」
腕を組み、どこか幼さの残る笑みを作る。
ルナもまた、勝気な調子で笑ってみせる。
「当たり前です。ミズノは魔族数人を相手にしても怖気づかずに協力してくれたんですからね。おまけに、迫る敵をばったばったと倒して見せたのですから」
「おまえ、現場は見てないでしょ」
「そ、その時そこにいた街の人に聞きましたもん!」
それで得意げにされても困る。
倒したのは事実でも、魔族の弱点をついただけだ。
そうこうしていると、黒騎士は思案げに顎に手をやる。
「キミ、騎士になってみない? きっと、いい線いくと思うよ?」
「悪いけど、やることがあるんだ。騎士なんてやってられないよ」
「それじゃあ、仕方ないかなー。対戦できるの楽しみにしてるよ。まあ、ボクって天才で最強だから、絶対に負けないけどねっ」
黒騎士は腕を組み、大げさに笑ってみせる。
思っていたよりも気さくな子だ。
軽く笑みを浮かべていると、ルナが拳を固めて顔を寄せてくる。
「ああいう子がいいんですか?」
「うん? まあ、あのくらい社交性がある子に育ってくれれば、親としては安心できるな」
「私もそれなりに社交性があるほうなんですよ」
「でも、貴族の相手をするのは苦手なのか?」
「……うっ。そ、それはまた別ですよっ。それより、ほら、一緒に挨拶回りに行きましょうよ」
ルナに腕を引かれ、ルナの知り合いの貴族に挨拶をしていく。
時々、過剰な勧誘を受けることもあるが、滞りなく進んでいく。
ルナの楽しそうな笑顔を見ていると、ヤユを思い出してしまう。
……食事はできているのだろうか。
……寝る場所はあるのだろうか。
……大丈夫なのだろうか。
冬樹の頭には不安ばかりが浮かんできてしまう。
ヤユはまだまだ子どもだ。一人ではきっと何もできない。
しっかり守っていかなければ、そんな表情が顔に出ていたのか、ルナは悲しげに視線をさげた。
「……ご、ごめんなさい。私が好き勝手に引っ張りまわして」
「あ、いやいや。ごめん、ちょっと考え事してて」
「考え事ですか?」
「ああ。……こうしている間にもヤユはきっと悲しい思いをしているって。ヤユはダメなんだよ。あいつ、弱い子だからさ、誰かが守ってあげないと……」
「……」
ルナはそこで口を閉ざした。
余計なことを言い過ぎたかもしれない。
子ども相手に、親の悩みを伝えるなんて……そんなことはダメだろう。
ルナは守るべき存在だ。それを自覚して、謝罪の言葉を述べようとして、
「……心配されるばかりは嫌でした」
「え?」
「……私の父は、すごい過保護でした。何か問題を起こせば、次はその遊びをさせてくれませんでした。父に守られてばかりで、そんな生活が嫌で、騎士学校に入りました」
「……そ、そうなんだ。けど、お父さんは結構心配なんだぞ? 大切だから、そうしたんじゃないのか?」
「……今は、そう思えます。ただ、過剰に反応してくるのは、凄い……つまらない日々でした。騎士学校に入ってから、私は今まで自分が何もしていなかったんだなって思いました。領主としての知識だってロクにありませんでしたし、身の回りの生活だってままならない状態でした」
それはさすがに過保護すぎるだろうとは思った。
しかし、ルナの父親の気持ちも理解できてしまい、冬樹は黙って話を聞いていた。
「心配するのはいいと思いますけど、ある程度、危険なこととか体験しておかないと……たぶん、将来ダメになっちゃいます。……私だって、それなりに騎士学校に入ってからの一年、色々な経験をしましたが……こっぴどく騙されたこともあります。今だって見知らぬ人にぺらぺら情報を伝えて、何の疑いも持たずに信じてしまいましたしね」
「それは、俺のことか?」
「はい。信じてよかったですけど」
ルナは明るい笑顔で小首をかしげる。
背中を壁に預けた冬樹は短く息を吐く。
心配しすぎ、なのかもしれない、とも考えることはある。
心配するだけならばいいが、危険を体験しなければ……成長もできない。
確かにそれはよく言われることだ。
わざと失敗体験をさせることで、考える機会を持たせる。
失敗したことのない人間が、大人になってから失敗すると、立ち直るのに時間がかかる。
子どものうちに様々な体験をさせる必要がある。
――それらは理解していても、今回の件はさすがに危険を伴いすぎる体験なのではないか?
わからない。しかし、冬樹は確かに最近ちょくちょくヤユが嫌な顔をすることが増えてきたようにも感じていた。
「……もう少し、信じてみるのもいいのかもしれない、のか」
「……それが正しいかはわかりません。けど、もしも私が娘なら、信じてほしいって思うときもあります」
「そっか。うん、そう、だよな。ありがとな、ルナ」
壁から背を離してルナの肩を叩き、食事のあるほうへと歩く。
ルナは嬉しげにはにかんでくれ、そこで一つ思いだして振りかえる。
「けど、ルナの他人を信じられる力は絶対に必要な力だと思うよ」
「そうですか?」
「それがあったから、こうして、たくさんの協力者が出来てきたんだ」
「まだ、ミズノさんが仲間を増やしてくれた人たちだけですけどね」
「俺を信じてくれたから、こうして始まったんだろ? 疑うのは俺とか、他の奴に任せて、ルナは信じる力を大事にしなよ」
「……はい。ありがとうございます」
冬樹は近くを通ったイチとサンゾウを呼び止め、ルナの護衛を任せる。
さすがに腹が減ってきた。ぐうぐうなる腹をさすりながら料理の品定めを始めると、貴族に声をかけられる。
「やぁ、やぁ。色騎士を破ったミズノくんだね?」
「え、ええまあ」
恰幅のよい男は、たるんだ腹を見せつけるようにして体を近づけてくる。
ニヤリと脂ぎった顔で笑う。
冬樹は頬をひきつらせながら、懸命に笑顔を作った。
「ちょっと、話しをしたい、廊下に行かないか?」
「は、はあまあいいですけど」
皿を置いて、男性についていく。ルナがあっという口の形を作っているのが見えた。
もしかしたら良い話を用意できるかもしれない。期待して待ってくれと片手を小さくあげて、彼についてくる。
昨日リコと歩いた廊下。
今日も貴族たちには忙しい人物もいるようで、相変わらず少し不健全な声が響いている。
パワードスーツを展開し、防音状態を作りたい気持ちもあったが、目の前の男性の話も聞けなくなるために却下した。
「単刀直入にいう。私の部下になれ」
その瞬間、小さく肩を落とした。
目の前の男はそれを話すためだけに呼び出したようだ。
「悪いですけど、俺はルナ以外に仕えるつもりはないんで」
「……なんだと? 金はいくらでも出す。望むならば、部下だって名誉だって用意してやろう」
「俺別にお金とか欲しくて大会に参加したわけじゃないですし」
「な、なんだと……? 私は侯爵だぞ? あんな辺境の土地に住む子爵なんかよりもよっぽどいい待遇を用意できるんだぞ?」
「ええと、だから……そういうのではなくてですね」
「なんだと……? く、ならば……私の直属の護衛として」
「……いえ、あの」
「私の護衛になれっ。私は私の言うことを聞かない奴は嫌だぞっ」
どうにも自分の思い通りにならないと気がすまないようだ。
よく男を観察すれば年は冬樹と同じくらいだろうか。
――先ほどのルナとの会話を思い出す。
甘やかされて育てば、その子どもは自分のわがままを大人になっても繰り返す。
……それが目の前の男ならば。
誰も今まで注意しなかったのだろうか。
いや、注意できる人間が限られているのだろう。
そう思った冬樹は、少しばかりの小言を口にしようとしたところで、
「お、おぁぁあぁ!!?」
会場のほうから、奇声のようなものが聞こえて口を半開きにする。
同時、魔兵のようなものがあちこちから出現する。
小さな少女のようなそれが迫ってくる。
生み出した震刃を振るい、一、二度の剣のぶつかりの後、少女の体を切り裂く。
第二波がないと分かってから震刃を消し、腰を抜かしていた男を見やる。
「大丈夫ですか?」
「あ……ああ」
男の手を掴み、立ち上がらせる。男はまだ足が震えている。
こういった、危険と接する機会はないか、限りなく少なかったのだろう。
「俺はあなたの護衛にはなるつもりはないです。あと……そのわがままを控えるべきだと思いますよ」
「……あ?」
この状況だ。男はまだまともな思考ができないようでいた。
男は遅れて何を言われているのか段々と理解していったようだ。
……あまり長居して反撃の言葉をぶつけられても敵わない。
多少の罰を覚悟しながら、冬樹は急いで会場へと戻った。