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 おはようございます。

 ただいま午前10時、数時間前の俺に比べればまあまあ健康的な起床時間だろう。

 満を持して、中古ゲーム店に行こうと思う。



 誰が想像したよ、あのとき目覚めたのが“深夜”2時だったなんて。

 そりゃあ蝉なんて鳴いてないわけだ。遮光カーテンで昼間も外の明るさが入ってこないようにしてあるから、余計に気付けなかった。

 スマホの待ち受けには24時間表示型のデジタル時計があるにもかかわらず、着信履歴の確認だけ済ませて、時計なんて少しも目に入らなかった。何やってんだか。


 あのとき俺は、ドアを開けて、燦々と照りつける陽の光を覚悟したんだ。

 なのに、外は真っ暗。

 本当に昼だと思ってたから、だいぶ混乱した。

 

 え、まさか、タイムワープしちゃった? いや、もしかしたらこのドアの向こうが異世界に繋がってたのかも……ってことは、ここは異世界?!

 いやいやいや、それはないでしょ。だってほら、俺そういうの信じてないし。……信じてないし!


 俺はそっとドアを閉じて、もう1度開けた。

 ……さっきと変わらない。いつもの玄関先だ。ただ昼ではなく、夜なだけ。

 どういうことだ?

 ひとまず、部屋に戻ろう。落ち着いて考えるんだ。



 ……そして気付いた、時計を12時間読み間違えていただけだったことに。


 どんな間違いかただよ。ドジっこ属性とかいらないから、まじで。

 その時点ですでに深夜3時を回っていたが、さっきまで寝ていたため眠くない。しかし、さすがに堕落しすぎていると感じた俺は寝ることに集中した。

 明日こそ日中に起きてゲームを買いに行くぞ!



 と、そこまで意気込んだわりに10時起床という微妙な成果。

 でもまあ改心生活1日目にしては上出来だろう。たしか、店も10時開店だったはず。

 今思えば、そもそもあのRPGを終わらせた時間が昼間とかだったんだろうな。で、時計も確認せずに寝て、起きたのが深夜だったというわけだ。恥ずかしい。張り切って出掛けようとしたところを母さんに見つからなくてよかった。「裕ちゃん、こんな夜中におでかけ?」などと言われようものなら……ああ駄目だ、考えたくもない。



 戦場ではちゃんと蝉も鳴いている。よし、今度こそ! 出撃します!


 俺は再び異次元になど繋がっていないただの玄関ドアを開けた。


「行ってきまーす……うわ」


 駄目だ! 暑すぎる!

 しかし、ここでドアと閉じたら負けを認めるようなものじゃないか。

 自転車はすぐそこ。乗ってしまえばどうってことない、あとは中古ゲーム店までの道程である約5分間を耐えるだけ。これはもう、諦めてさっさと行ってしまうのが吉だろうな。

 閉じかけたドアを再び開ける。

 さっきより重く感じるのは確実に気のせいだ。


「暑い、無理、暑い、死ぬ、暑い、暑い、暑い……」


 まるで悪霊を退散させる念仏かのように俺はひたすら「暑い」を繰り返し唱えて、ようやく自転車のハンドルを掴んだ。


「熱っ!!」


 自転車が盛大な音を立てて倒れる。倒したのは俺だが。

 黒いゴムっぽい素材のハンドルは直射日光の下で焼けるような温度になっていた。この様子だと同じ色をしているサドルはとても座れるような状態じゃない。さて、どうしたものか。

 とりあえず自転車を起こして、ドア傍の日陰に避難して考える。と、ドアが内側から開いた。


「裕ちゃん? さっきの大きな音はなぁに?」


 開けたのは母さんだった。どうやら自転車を倒したときの物音が気になって出てきたらしい。


「自転車倒しただけだから」

「どこかへお出掛けするの?」

「駅前に行こうと思って」

「それなら声をかけてくれたらよかったのに! 裕ちゃんが熱中症で倒れたりしたら大変だわ」

「大丈夫でしょ」


 大袈裟だなと言おうとしたけど、またそれに反論されて話が長くなるのは御免なのでその言葉は飲み込んだ。

 心配してくれるのはありがたいけど、そろそろ子離れしてくれないかな。過保護だよ。


「大丈夫じゃないわ、いま車を出すから」


 前言撤回! ありがとう母さん!


 なんだ、こんなことなら始めから頼めばよかった。

 好きなことを出来て、わりと暇な母親がいて、少し裕福なこの家に生まれて、俺はほんと幸せです!



 一旦家へ戻った母さんが車のキーを持って出てきた。

 アンロックボタンを押して開錠された我が家の白い車の助手席に乗り込む。愛称ポチ。


「ありがと、買い物は割とすぐに終わると思うから少しだけロータリーで待っててもらえる?」

「またあのゲーム屋さんでしょう? 本当に裕ちゃんはゲームが好きね」

「宿題は終わってるし、友達も旅行とかでいないから」

「あら、そうなの?」

「うん」


 遠回しに「ゲーム以外にすることないの?」と言われた気がして、慌てて取り繕った。

 ごめんなさい、宿題終わってないです。友達も別にもともと遊ぶ予定とかありませんでした。


「お友達さんの予定が合うときにはお家に呼んだりしてもいいのよ?」

「声掛けてみるよ」


 たぶん、来ないけど。そもそも誘うつもりもないし。

 でもその返事に母さんは上機嫌そうににこにこしている。ちょっと罪悪感が残ったけど、嘘も方便っていうじゃん。



 車内のクーラーからやっと冷風が出てきて俺がドアを閉めると、ポチがゆっくりと発進した。


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