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 目覚まし時計が朝を知らせることのない、なんと充実した幸せなひと月だろう。


 睡眠中枢が満足するまで眠り続け、半開きの重い目を擦った。寝すぎて頭と身体が痛い。幸せだ。

 寝ているときも開けっ放しの窓から生暖かい風が遮光カーテンを揺らして通る。網戸は開けていないがどこからともなく入ってくる蚊にうんざりして、寝る前に緑色の渦巻型線香を焚いた。ここからだと見えないけれど、今頃は灰になっているだろう。

 外からはより一層暑さを助長させるような蝉の声が……全然聞こえない。


 カチ、カチ、と歩みを進める時計に目をやった。

 いま、2時だよな?

 このくそ暑い真昼間に蝉一匹鳴いてないなんてことあるか。

 いや、鳴かないならそのほうがありがたい。あのけたたましい程に鳴き喚く蝉たちの声は煩くていつもイライラさせられてたんだ。

 俺はベッドから起き上がりもせず、枕元にあるスマホの待受画面を確認した。

 着信0、いつも通りだな。



 学生にとっての一大イベント、夏休み。高校生ともなればその過ごし方は中学までとは違い、幅が出てくる。

 部活動をしている奴らはきっと大会だ何だと忙しく、バイトをしている奴らは自らの時間を売って金を手に入れているのだろう。だが、習い事や家の事情などの理由もなく帰宅部所属という合法ニートの俺は不健康なまでに白いこの肌を夏の日差しに曝すこともなく、親に貰った小遣いで、有意義な時間を過ごすことができる。


 長期休暇のときは毎回こんな生活を送っているが、普段の平日は学校に通っているので引き籠りではない。断じて違う。ただ、行動範囲といえば家と学校の往復だけ。唯一買い物に行くとすれば、駅前にある中古ゲーム店くらいだ。

 部屋にはゲーム本体とソフトが山積みになり、壁際に14型の小型テレビが2台ある。その他にノートパソコンが1台とデスクトップ型が1台あるが、これらを全部使うとなると特にこの時期は死ぬ。自分も機械も。

 だからそうならないように、この部屋の空調完備は万全だ。

 ……いつもなら。



 あれは、2日前。

 既に生活リズムなどどこかへ捨て去っていた俺は、当たり前のように昼過ぎに起きた。

 しかし、常に快適な温度・湿度に保たれているはずの室内が異様に蒸し暑い。

 俺は内臓から溶け始めるんじゃないかとすら錯覚するほどの暑さに茹だりながらも部屋を出てリビングへと向かった。

 ああっ、涼しい! 天国はうちのリビングにあったのか。


「母さん、部屋の空調がおかしいんだけど」

「あら? どうしてかしら。裕ちゃんのお部屋だけ故障?」

「だろうね。とにかく暑過ぎ。今日中に修理に来てもらってよ」

「そうねぇ、分かったわ。お電話しておくわね」

「うん、よろしく」


 優雅にソファに座っていた母さんが手に持っていた氷たっぷりのアイスミルクティーをテーブルに置いて受話器を取るところを確認して、俺はひとまず自分用のアイスティーを用意すべくキッチンへ向かった。

 母さんのグラスから鳴る、カランコロン、という涼しげな音にまんまと釣られたわけだが本能に抗う理由もないので別に問題ない。夏バテにだけ気をつけていればいい。

 俺はグラスいっぱいに大きな氷を入れてアイスティーを注ぎながら、母さんの声に耳を傾けた。


「もしもし? 空調設備を視ていただきたいのですけれど……あの、もしもし?」


 電話をかけてくれているのはありがたいが、やたらと「もしもし」を言っている。

 この時点で、何か、嫌な予感はしていた。


「どうかしたの?」

「なんだかカセットテープみたいに音声さんがずっと同じこと言っているのよぉ」

「電話対応時間外とか? その音声、何て言ってた?」


 少し遅いがお昼休みということも考えられる。

 母さん、泣き真似してないでとりあえず音声をちゃんと聞いて?


「大変申し訳ございませんが8月14日から17日はお盆のためお休みさせていただきます……だって! 裕ちゃん、聞いてた?」

「聞いてたよ、今日14日じゃん! 18日まで部屋暑いままとか無理なんだけど!」


 冗談抜きで本当に無理。一晩寝てただけで溶けそうだったのに、これを4日間も続けたら完全に液体になるから! まあ、ならないけど。

 裕ちゃんごめんね。と、おろおろしている母さんを責めてもしかたない。

 どうしよう。どこか、涼しくてゲームができるところは……


 そうだ、学校の奴らの家に泊めてもらえばいいんじゃないか!

 我ながら名案だな。よし、そうと決まれば数少ないゲーム仲間たちに連絡しよう。



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