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少し、話をしよう。3

ポテトチップスを買って、真っ直ぐと斎の家へと向かうため自転車を取りに行く。学校の自転車置き場は盗難が多く、その上いたずらも多いので優はいつもコンビニの裏に自転車を止めるようにしていた。自転車に乗ってカゴに荷物を入れようとすると、カゴの中に色とりどりの葉が入っているのを見つけた。ふと上を向くと紅葉が始まっていた。

"嘘…"

全く秋の訪れに気がつかなかった事が衝撃だった。優は自然が好きだ。ビルの中のキラキラするショッピングモールを歩いて回るよりも、自然の中で散歩する方がよっぽど楽しい。

その優が、秋の訪れに全くと言っていい程気がつかなかった。優はただただショックだった。そこまで自分は、追い詰められていたのさか。たかが恋、されど恋なのか?認めたくなかった。その気持ちに気付くと、優はさらに驚いた。優は細谷を、"忘れたい"と思っていることに今気が付いたのだ。

心にぽっかり穴が空いたような感覚を拭えないまま、自転車を漕ぎ出す。ブレーキが緩んでいる。修理に出さなければ。

「おう、やっと来たか。」

斎の家の近くに来ると、斎は汗をかいて薪割りをしていた。彼は斧を握っていない左手で汗を拭きながら優を見た。冬に備えて、山積みの丸太をチェーンソーで解体し、地道に割っていくのだ。昔はよく二人で競争した。時間内に何個の薪を積み上げられるかという勝負だ。今思うとかなり危ないが、チェーンソーで彫刻をしたりもした(優はともかく、斎はただのガラクタしか作れなかったが)。

「手伝おうか?」

「なに言ってんだ。自分の手首よく見ろよ。」

「…あぁ、確かに。」

優はうな垂れるように自分の手首を見た。カサブタが取れたと思ったら、また血が滲んでいる。斎には何も話していないが、きっと察しているのだろう。

「俺はこれ片付けてから家に入るから、先入っててくれ。」

「わかった。おばさんは?」

「今は出かけてる。産直に売り物出しに行ってからどっか寄るらしいから、今日は遅いだろうな。」

「そう。珍しいね。」

「そうか?」

「だって今日の朝通った時は出荷カゴもトラックもなかったし。もう行ったのかと。当分は産直に出さないって話も昨日聞いたばっかり。」

「お前に嘘は通じないな。実は今日から隣町の病院で検査してんだ。」

斎の表情が曇った。きっと優の母の事を気にしているのだろう。

「遠慮しなくていいのに。…あの人は、もう死んだし、受け入れてるよ、ちゃんと。」

「…あぁ。」

優は斎が薪割りを再開するのを見て、玄関へと向かった。斎の家は丸太でてきた、とても風流な家だ。まるでお金持ちの家の別荘のようだ。大きいリビングの左側にはオープンキッチンがあり、右には大きなロフトへと繋がる梯子がかかっている。この家は三階建てなので、天井は相当高い。優が最も気に入っているのは天井にあるステンドグラスだ。これは斎の父がオーダーメイドで作った物で、家にこれを作るというのはクリスチャンとしての兼ねてからの希望だったらしい。斎の父はハーフで、従って斎はクオーターである。だだこの綺麗なステンドグラスを見ていると首が痛くなるのが優には惜しい。

大きな玄関を進んでリビングに行くと、投げ出されたギターが目についた。斎が練習していたのだろう。

"後でからかってやろーと…"

優は斎が器用ではないのを知っていた。そして彼が三日坊主なのも。

リビングを抜けると二階へと続く階段がある。階段を登るとお洒落なポーチがあって、いつ来てもそこには綺麗な植物とテーブルと椅子とがある。そこを左に行ってバスルームを過ぎるとすぐ斎の部屋だ。バスルームはガラス張りなので、優は以前素っ裸でシャワーを浴びる斎を目の当たりにし危うく階段から落ちるところだった。

斎の部屋のドアを開けると彼の匂いが優を包み込んだ。

斎の部屋は広い。だだっ広い。優の部屋の四倍はある。左側はまるで西洋の図書館のようになっている。高い天井だからこそできる、二段階作りの書庫。本棚の上に、また本棚があるのだ。一階部分には漫画や雑誌、専門書がずらりと並ぶ。英文学ならともかく、フランス語やアラビア語の古典文学まであるのだから、本当にすごい。立てかけられたはしごで登ると、綺麗な細工が施された手すり付きの通路があり、そこは主に文庫本、絵本、大判の写真集、アルバム、その他様々な本が揃っている。二階部分の本棚には一定の間隔でランプが取り付けられており、夜でも困ることはない。むしろ暗い方がこの書庫は美しい。夕方になるとランプが自動でつくのだ。このランプは斎の母がカイロに行った時購入した物で、エキゾチックな雰囲気を感じさせる。

部屋の右側には斎の生活スペースがある。ベットと、斎が自ら作った木製のデスクが壁に沿って置いてある。

中でもすごいのは窓だ。部屋の西側に取り付けられている特大の窓は、部屋に入った瞬間一気に視界が広がるような感覚を与えてくれる。しかもベランダ付きだ。斎の身長が187cm。その斎が窓の前に立つと小さく見えてしまうほどだから、どれだけ窓が大きいかが分かるだろう。

優は特に夕暮れ時の斎の部屋が好きだ。本棚に取り付けられた綺麗なランプの明かりが灯ってぼうっとして、窓からは沈む日の光が差し込み、それらが溶け合って、まるで御伽噺の舞台のような幻想味を帯びる。

優はここに住み着きたいと思うほど斎の部屋を気に入っていた。この大きな窓から見る景色は一年を通して興味深い発見をくれる。斎の部屋の窓はとても厚く、しかも冬には一階の暖炉が暖かい空気を斎の部屋へ絶えず送ってくるので、寒さを感じることなくとことん白銀の世界を楽しむことができる。きつねやリスが見えた日には、優は楽しくて仕方が無い。夏も涼しい中でのバードウォッチングが楽しめる、最高の部屋だ。

これほどの豪邸を斎の両親は譲り受けたのだという。長い付き合いだが、未だに謎の多い家族である。

優は斎の部屋に入りすぐ一段目の書庫から漫画の新刊を集め、書庫の二階まで梯子で登り、二階部分の本棚に背を預けて新刊を片っ端から読み始めた。ランプの近くを陣取り、あぐらをかいてしばらく読みふけっていると、玄関の開く音がした。程なくしてギターの音が聞こえて来る。

"意外と弾けるじゃん…"

斎が指先だけは器用なことを忘れていた。




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