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少し、話をしよう。2

安住野優は学校裏の校舎からかなり離れた場所にいた。昔寮であったうちの一つのA棟に入り、後ろから追ってきていた足音に耳をすます。段々と近付いてくるのがはっきりと分かる。カサカサという草を掻き分ける音は近付いてくるにつれ大きさをましていく。パキッという枝が折れる音がするとその人物は歩みを止めた。A棟の入り口近くの郵便受けのある場所にしゃがんで隠れていた優はさすがに心臓の動機を感じた。しかし心は意外と穏やかで、手も震えていなかった。右手で近くにあった石を掴み、もしもの時に備える。

男か女かも分からなかったがどうやらその人物は優の気配を感じなかったらしい。そのまま校舎の方へとゆっくり歩いていく。

ふぅ、と息を撫で下ろし慎重に顔を少しだけ覗かせてその人物の後ろ姿を確認する。

安住野優は少しだけ驚いた。

戻って行く人物は、彼女の母に少し似た後ろ姿の華奢な女の子だった。


ハッと我に返り時間を確認する。午後12時49分。4分過ぎてしまった。陰鬱な気持ちでケータイの発信ボタンを押す。ワンコールで即座にもしもしと言う声が聞こえた。

「優です。遅れてすみません。ちゃんと薬は飲みました。ご心配なく。」

「理由は?」

いつに無く冷たい声が右耳を貫く。身体の先がサーっと冷えていって全身から感覚というものが抜けていく。

「用があったもので。」

「どんな用が?」

「次の授業の予習をしていました。」

「模範解答だな。」

そういうと相手は電話を切った。

優は少し周囲を警戒しながら校舎へと戻って行った。


優が細谷に初めて会った日のことを思い出していると前の席の斎が後ろを向いて話しかけてきたので優の回想は強制終了させられた。

「今日俺の家に寄れよ。大根とか余ってんだ。やるよ。」

斎はぐるりと身体の向きを変えて話し出した。彼はいつも授業中話すか寝るか本を読むかなのだが、何故か勉強はできる。そこが優にはムカついて堪らない。


小さなこの町に引っ越してきて優に初めてできた友達が(イツキ)だ。安住野優は斎の家の近所に引っ越してきた(近所といっても200m歩かなければいけない)。斎は普段は怖いような表情をしていが、笑うと屈託のない良い顔だ。運動が好きで、真っ黒な髪は短い。すらっとした体型で、よく目立つ。大抵優の部屋の窓からでも、彼が農作業をしていると分かってしまう。

「ありがたいわ。ぜひとも頂きます。」

「ついでに、俺の部屋に来れば新刊もございます。」

「ポテチ持参で参ります。」

そう答えると斎は普段の仏頂面からは考えられない程の明るい笑顔を見せた。優はこの笑顔を見るといつも安心した。

優が引っ越してきてからというもの、二人は当然ながらすぐに仲良くなった。斎はサバサバしていて、優もどちらかというと男の人と合うようなあっさりとした性格であったし、それに二人の共通の趣味は面白いほどに被っていた。ホラーゲームや漫画、ロールプレイングゲームは斎が優に教えたが、今では優の方が斎より格段に上手くなった。

中学の時は長期休暇や大雪の影響で長引く学校閉鎖の時期の多くを二人は共に過ごした。森に探検に行ったり、誰も通らない道路を延々とソリで滑ったり、斎の母に料理を教えてもらって二人で料理の腕を磨いたりもした。斎と優は精悍な顔立ちをしていたから、たまに買い物に行くと兄妹だと間違われる事さえあった。優はちょっぴり嬉しかった(彼女は一人っ子なので兄妹がいるのに憧れていた)。斎の方は、何も感じなかった。家族になるのは当たり前と思っていたのだ。正確に言うと、優の方は本当に、後先考えず斎は一生の友達だと思っていたが、斎の方は違った。彼は当然のように優を嫁にもらうつもりでいた。彼にとって優ほど手に入れたいものはなかった。妹として見る時もあるが、それにしても優は斎にとって完璧な女だった。性格も趣味も合ったし、何より斎は優を尊敬していた。彼女は底抜けに強いかった。斎は徐々に知った彼女の身の上に同情し、尊敬の念を抱き、そして守られるような女ではない彼女をせめて自分が支えたいと思うようになっていた。

その決心を固めた頃、彼等は高校に入学し、それと同時に安住野優がもう斎自身の物ではなくなるという事が決定したのだった。

正直にいうと斎は心底苛立ちを感じていた。自分自身にだ。彼はどこか余裕を感じていて、優を野放しにし過ぎた。彼は誰よりも優を信頼していたから、それも無理はなかった。しかし、よりによって、細谷優という人物が優を奪ったという事実は、斎にトドメを刺した。一体どこからでてきた?優に対して本気なのか?あの変人がそもそも恋愛を出来るのか?さっぱり分からなかった。ただどうしようもなく苛立って、そして落ち着いた時、まだ遅くないと感じた。細谷を"排除"すればいい。


安住野優は放課後町で唯一のコンビニへ向かった。手首を摩ると、カサブタがとれた。大分たったのかと思いを巡らし、歩みを進める。あの夜の事を思い出しながら。

安住野優はあの晩、人生で初めて両手の自由を奪われた。両手に食い込んだ縄は彼女の白い肌を傷つけていたが、細谷優は全く気に求めていなかったようだった。ただひたすら彼女を求めるだけだった。

事が済み細谷優が寝たのを確認すると、彼女は細谷優のアパートのベランダに出て泣いた。あんなに胸の苦しいのは人生で初めてだった。母が死んだ時でさえ、あそこまで複雑な気持ちはこみ上げてこなかった。朝日が登る瞬間を見ても心が安らがなかったのは初めてだった。

その後彼女はゆっくりと衣服を身につけ、細谷優のボールペンと紙を借りてメッセージを残した。"距離を置きましょう。"

自分の為の言葉だった。


コンビニに入ると見知った店員が挨拶をして来た。あかりさんだ。その名前の通り、いつも彼女の周りには明るい雰囲気が漂う。華のような人だ。彼女はこの町の町長さんの娘で、来月町の米農家の息子さんである人と結婚する。幸せ一杯のその顔は、見ている人をも元気にしてくれるような華やかさだった。

「こんにちは〜。またポテチ?好きねぇ。若いと太らないからいいもんね〜。」

「私じゃありませんよ、斎です。あの大男ですよ。」

「あ〜斎君ね!大きいわよねぇ。優ちゃんは斎君と付き合ってるの?」

「まさか。ただの友達です。」

「お似合いなのに!あ、そうそう、結婚式の招待状、優ちゃんにも送ったんだけど、見たかしら?」

「え?」

全く見に覚えがない。家に入る前必ず郵便受けは確かめるから、見落とすはずはない。だとしたら、

"父さんか…"

一体いつとったのか、そしてなぜとったのか、全くわからなかった。


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