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少し、話をしよう。1

この学校には二人の正反対の優がいる。

一人は細谷優(ホソヤユウ)。生粋の狂人だ。ストーカー歴はもちろん、警察のお世話になることも多い。最近の趣味は専ら足跡採集で、気に入った足跡を見つける度に腰を屈めて歩く為、ひどい腰痛を抱えている。

もう一人は安住野優(アズミノユウ)だ。聡明で、容姿も良い。彼女の聡明さを表すかのようなくっきりとした、また澄んだ綺麗な瞳が特徴的だ。キリッとして鋭く、何もかもを見通したような真っ直ぐな目は彼女を人から遠ざけるほどの力を備えていた。真正面に立つと一歩仰け反りそうになるような美人。それ故彼女は少し浮いていて、本人も一人でいることを好んでいる。


二年前、二人は同じ時期にこの町唯一の小学校へ転校して来た。同じ時期に転校してきて同じ名前なのだから、からかわれる時期もあったが、二人が話すことは決してなかった。クラスも違かったし、それになにより彼等は他人を全くと言っていいほどに気にしなかった。自己中心的と言うよりは、彼等は自分達の持つ世界でそれなりに生きていたのだった。だから高校に入っても彼等が関わりを持つ事はなかった。はずだった。


「カットセックスがしたいとか言い出す男だぜ?あいつ」


恭弥というクラスでも一番のおしゃべりで噂好きと言われる彼は嫌悪を隠しきれないといった様子で話していたのを、安住野優は今も鮮烈に覚えている。

それは彼女が生物の教科書を読んでいる時で、彼女はそれに少し退屈していて、尚且つ彼女があの事があってから少し寂しさを感じていたからかもしれない。もしくは記憶の奥底に眠っていた自分と正反対の奇行が目立つ男の子の事が自然と思い出されたからなのかもしれない。


優は、上手くそれを形容できなかったが、なんとなく、彼と会うべくして生まれたような気さえした。

要するに彼女は狂気じみた愛、自分を捨て身で愛するような人が欲しいと思っていた時期で、それを提供してくれるかもしれない相手が意外と近くにいたことに気がついたのだ。そう、彼女の養父以外に。

思えば中学校の転校生としてこの町にやってきた時から、彼女の初めての恋というものが始まっていたのかもしれない。それと同時に養父からの虐待という激しい苦痛があったのは、彼女自身あまり気にしていない。しかし最近は恐怖を感じるようになった。養父の明確な殺意を感じ取ったからである。


細谷優は乱暴な青年だった。美に対する執着が狂気じみている人物だった。彼の両親は芸術家で、彼もそれに感化された。され過ぎた。問題なのは彼の父親で、好きな物は赤だった。彼は頻繁に細谷優の母を殴った。それも血が出やすいように手に何かをはめて殴った。(今思うとあれは恐らく拷問用具だ。)

だから彼は血が嫌いになった。訳ではなかった。彼は血が案外好きだった。というより、二人の芸術に対する愛に焦がれていた時期があった。彼の父は血で絵を描くことが多々あったが、彼自身が一番自分を切り、傷つけ、絵を書く際の血を用意していた。そしてどんなに傷つけた後でも手厚く妻を労わった。

彼はなんとなくそれらの意味を理解していた。これは芸術だ、とか、愛だ、とかそういう事では形容できるものではないと悟った。

それは愛と言うにはあまりに乱暴過ぎて、芸術というには少し狂気じみていた。でもそこには何かがあって、それはつまり彼の両親が愛し合っていることを暗示していた。その何かが細谷優にはまだ分からない。

だから彼は試した。彼は意味もなく女の人を抱いたし(彼の容姿は一見するとハーフのようで、はっきりとした顔つきをしている)、意味もなく人を傷つけてみたりもした。その結果警察を呼ぶ羽目になり、彼は随分と腹が立った。何度説明しても警官は彼の探しているものを認めようとはしなかったからだ。


そんな二人が互いを知って三年後、初めて言葉を交わしたのは今から五分前。学校裏の雑草が生い茂る今は使われていないボイラー室であった場所だった。


安住野優は後ろに何かの気配を感じて足を早めた。

彼女には一日五回、必ず守るべき義務がある。それを果たす為にこうやって校則で禁止されているケータイをポケットに潜めて、一目のつかない所へ移動しているというのに。

後を追われるというのはこれが初めてではなかった。小学生の時もあったので、あまり動悸はしない。しかし心臓は高ぶっていた。それは明らかに恐怖によるものだった。優は自分を追う相手にではなく、自分がこれから電話をかけなければならない相手に対してひどく嫌悪といっていい負の感情を持っていた。

もし電話をかけられなかったら、養父はどれだけ激怒するだろうか。考えるだけでゾッとした。彼女は生まれてこの方恐怖を感じた事はなかったが、唯一養父の執念に対しては恐れをなしていた。暗闇も、怒る人も、刃物も、高いとこもどこも怖くはないのだが、どうしてもこの養父にだけは恐れを感じずにはいられなかった。




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