喜ぶ心の浅ましさ4
目が覚めると、まだ薄暗かった。
彼の腕をすり抜けて優は小さなベランダへ出た。恐らくここに人が立ったのは彼が引っ越して来て以来初めてだろう。
寒くて身を縮めようとすると、手首に激痛が走った。昨日縛られていた部分が酷く出血して、右手にいたっては膿んでいるようだった。優はなんとも言えない気持ちになった。これは本当に好きという気持ちなのか。自分はこんなに不毛な恋愛を(これが恋愛と呼べるかは別として)していていいのだろうか。先が見えなかった。
膿んで血が滲む右手を呆然と眺めながら彼女は涙を流した。細谷の事が好きだ。あの狂気じみていて、なのにたまに優しい、何故か私の好きなこと嫌いなことをちゃんと把握していて、話さなくても理解してくれるところ、激しく抱いた日の朝は全身をマッサージしてくれたりもするし、早くに起きて朝ごはんも作ってくれる、なんて中途半端な優しさ。彼が好きだ。でも彼が、彼のオモチャを手放すまいと中途半端な優しさを優自身に振りまくのは、やはり複雑だった。彼女は彼のその行動によって、自分が都合のいい女なのだと再確認させられるのだ。
優は俗に言う優等生の部類に入る、また将来を約束された子だった。ただ勉強が出来るだけでなく、他の能力にも長けていたからだ。彼女は初めて何かやるとなっても焦ることはなかった。何もかもを円滑に進める器量があり、それは天賦の才と言ってよかった。
だからこれは彼女にとって初めての壁であった。
ただ彼女は漠然と、離れなければ、と思っていたが、彼女が人生で初めて対峙する"深い愛情"というものがそれを阻んでいた。
涙は止まらなかった。自分は何てみすぼらしい。こんな汚い体になってしまったのだろう。そんな思いが重なっていた。一ヶ月間ずっと。
もう限界だと思った。