喜ぶ心の浅ましさ2
彼等が付き合う前。
「カットセックスがしたいとか言い出す男だぜ?あいつ」
同級生の恭弥は細い目を見開いて優に訴えかけた。
「カットセックスって何?」
「そのまんまだよ。つまり、カミソリとかナイフでお互いを傷つけて、血なまぐさい中でやりたいってこと。あ、でも吸いたいとかもいってたな。よくわかんねぇよ、あいつの考える事は。」
周りにいた女子は口々にキモい、あり得ない、怖い、犯罪者になる、など言っていたが、一方優の方はその言葉を知って以来、カットセックスという言葉が頭から離れなくなっていた。
血なまぐさい、ってどういう状況だろう。生きるか死ぬかの状況で抱かれるなんて、生命の危機を感じて妊娠しやすくなりそうだな…などなど。普通の女子が考えないような想像もしてみた。
とにかく彼女はそんな魅力的なワードを知っていた狂人、後に彼氏となる"細谷優"という人物が気になって仕方がなかった。
実を言うと、少し前から彼の事は予々聞いていたのだった。
ストーカー行為は当たり前。好きな女子はとことん間接的に攻める。手順が狂っているのだ。彼の場合、好きな子の情報で一番最初に知りたいのはメールアドレスではなく家らしい。趣味は観察だと本人は自称しているが、とどのつまりはただのストーカーである。大抵の男の人の場合好きな子は"大切にしたい"らしいが、彼は違う。彼の場合、"ボロボロにしたい"、そうだ。
こんな調子だから周りからは、特に女子からは敬遠されているらしい。
しかし優は不思議と、恐ろしいとは思わなかった。むしろ、試したいと思ったというのが本音だ。でもこれは誰にも伝えるべきではない、というのも十二分に承知していた。
「同じ名前なのに偉い違いだね、ほんと!ね、優?」
隣の席の、明里(苗字は忘れてしまった)が私に言った。彼女は典型的な女の子で、少し怖い部分がある。女子間限定だが。
「名前以前の問題でしょ、彼は。」
優は素っ気なく答えて席を立った。水道に言って手を洗いたい。梅雨の時期特有の蒸し暑い雨がずっと降っていたせいで、校舎も蒸されて湿気が身体にまとわりついてしまっていた。
廊下に出るとちらほらと生徒が行き交っていた。
"こういうタイミングで会えば楽しいのに…"
彼女が願っても、それはありそうにもなかった。
スタスタと水道まで行って冷たい水に手をかざそうと、蛇口をひねる。ぬめりとしていた。上手くあかない。石鹸の残りだろうか、白いカスがついていた。
水に手をかざす。涼しい。予鈴のベルがなったと同時に蛇口を締める。
左から強烈な視線を感じたが、気に留めず教室まで帰った。
「お前、ああいうの案外嫌いじゃないんだろ。」
授業が始まると、斎は後ろを振り向いて真剣な顔で優に聞いた。彼は中学校時代からの同級生で、彼女にとって優しい兄のような存在だ。彼自身長いこと優に思いを寄せていて、ちょくちょく告白しているのだが、本気で取り合ってもらえたことは一度もない。彼女にとって彼はただの親しい友達であり、家族に近い感覚すらあったからだ。
「まぁね。付き合ってみたいかも。」
優は冗談半分で言ったつもりだったが、自分でも驚くほど真剣な声でそれに驚いた。
「お前、ふざけんなよ。死ぬぞ。あいつは本当に頭がイかれてる。普通じゃないんだ。考え方が根本的に違うっていうか、とにかく、一度関わったら後戻りはできないぞ。」
「そこがいいんじゃない?よく分からないけど。」
適当に流すフリして内心焦っていた。焦っていた、というよりは動悸がした。動悸、というよりは、
「何笑ってんだよ。冗談で言ってるんじゃないからな。ちゃんと分かってんのか、お前。」
優は、笑っていた。