豚も歩けばプリンスと電話!
誰が想像出来ただろう。
学園一のモテ男であるプリンスのメアドをゲット出来るなど。
当の本人ですら半信半疑だ。
えっ、だってプリンスですよ?眉目秀麗。才色兼備。頭脳明晰。四文字熟語のほとんどが、なんか優秀で綺麗そうな文字で埋まってしまうプリンスですよ?
街ですれ違えば誰もが振り返るイケてるメンズのプリンスですよ?
重要なことなので何度も繰り返してしまったが、あのプリンスのメアドが今この手の中にある。
週番も終わり、やっと平和になったと思っていた翌日。机の中にプリンスからの手紙が入っていた。
そこには勉強会の日程を決めたいので比奈の連絡先を知りたいという要望と、プリンスのメールアドレスが書かれていた。
プリンスといると苛められるんです!えぐえぐ!と訴えたおかげか、休み時間にクラス内で「メアド交換しようぜ!」などというフレンドリーなノリでなかったのが救いである。
比奈は手紙を貰った夜に、早速『登録お願いします』とだけ書いて自分のメールアドレスと携帯番号を送った。
任務完了!
はぁ、疲れた!
緊張したらお腹がすいたのでお菓子がストックしてある棚を開けて、お気に入りのたけのこの実を一個口に含む。
美味しいなぁとほくほく気分でもう一個つまむ。やっぱり美味しいなぁ幸せだなぁと思ってやっぱりもう一個食べる。4個目あたりに突入したところで、そろそろ止めないと太っちゃうなぁと焦りが出てくる。
でも、プリンスにメールを送るなどという大仕事を達成したんだから、今日ぐらいはご褒美で食べてもいいんじゃなかろうかという甘えた気持ちが沸き上がる。
誘惑に負けて5個目に手が伸びたところで、携帯が震え、メール着信を知らせるメロディが鳴った。
比奈はびっくりして思わず咽た。
恐る恐る携帯を手に取ってみると、予想通りプリンスからだった。
<メールありがとう。山梨はケータイCuなんだな。俺はナコモだけど、山梨と同じCuに変えようかな?
いい機種あったら教えてよ。勉強会、いつだったら都合がいい?>
返信が早い。しかもやたらフレンドリー。さすがプリンスまめだなー。コミュ力高いなー。
比奈はひたすら関心した。美形なだけじゃなく気遣いも出来るとか本当に羨ましい。そのスペックを少しだけでいいから恵んでほしい。
プリンスは人気者だから色々な人からメールが来るだろう。メールを返すだけでも大変そうだ。
比奈は負担にならないように、なるべく簡潔なメールを送るよう努力することにした。
<いつでも大丈夫です。桐生君に合わせます。ケータイの機種は新田君もCuなので、新田君に聞いてみたらいいと思います。>
これでよし。これだけのメールを作成するのに10分もかかった。送信ボタンを押して、ほっと安堵の息を漏らした。
一分も経たないうちに返信が来る。プリンス返信早すぎ!
<新田と仲いいの?最近よく話してるよね?>
日程の話からそれてしまっている。
こんなどうでもいいことを聞いてくるなんて、プリンスは今とっても暇なんだろうか?
新田君とは席が隣ということもあり最近よく話すようになった。勉強で解らないところを教えて貰ったり、モデル候補さんの恋の進行状況を尋ねたり、割と交流がある。携帯はたまたま新田君がメールしているのを見て、機種が同じものであることに気づいたのだった。
<席がとなりだからかな、最近よくお話します。新田君ていい人だよね>
新田君とプリンスは友達同士のようなので、とりあえず褒めておく。
送信完了!と達成感にひたる間もなく、今度は電話の着信を知らせるメロディが鳴った。
ディスプレイにはプリンスの名前が表示されている。
えっ?なんで!?
愕然としている間にもメロディは催促するように流れ続ける。
戸惑っている場合ではないと、比奈はあわてて応答ボタンを押した。
「……も、もしもし?桐生君?」
「突然電話してごめんな。メールも好きだけど、電話でちょっと山梨と話したくなってさ」
相変わらず無駄にさわやかな声が携帯越しに響く。
それにしても比奈と話したいなんて、プリンスはそんなに暇なんだろうか。
もしかしたら、メールをポチポチ打つのが面倒なタイプなのかも知れない。
「山梨って新田のこと好きなの?」
「え?」
いきなり何を聞いてくるのだろうか。
「新田みたいな男子がタイプ?」
「ええ、っと……、なんでそんなこと聞くの?」
電話の向こうでプリンスが言葉に詰まる気配がした。沈黙が痛い。
「あのさ、気を悪くないで聞いて欲しいんだけど。新田って彼女いるんだ」
「そうなんだ」
話が見えない。
というか新田君彼女いたんだ。新田君も結構イケメンだもんね。
プリンスはなぜか焦ったようにさらに話し続ける。
「とくに新田が彼女にぞっこんなんだ!もうこっちが妬けるくらいラブラブでさ」
「はぁ」
「だからっ、もし山梨が新田のこと好きなら、辛いと思うけど諦めた方がいいと思う」
そこまで聞いて、ようやく言わんとすることが解った。
プリンスは比奈が新田君に惚れてると思っているらしい。
比奈みたいなデブが新田君に付きまとったりしないよう忠告しているのだ。
プリンスって友達想いなんだね。
「あの、心配しなくても大丈夫だよ。新田君のことはクラスメイトとして慕っているだけで、恋とかじゃないです」
「本当に?」
「うん」
「そっか。変なこと言ってごめんな」
心底ほっとしたようなため息の後、謝罪が続いた。
「ううん。気にしないで」
「……あのさ。山梨は好きな人いないの?」
暇を持て余したプリンスの遊びとして、どうやら比奈の恋愛事情が知りたいらしい。彼氏いない歴年齢な比奈にとってはあんまり突っ込んでほしくない話題だ。彼氏いないの?と聞かれないだけ良心的なのかも知れない。
「いないです。それにもしいたとしても私みたいなデブじゃ相手にされないしね!」
比奈が自虐を込めつつおちゃらけると、「そんなことない!」とすかさずフォローしてくれた。
「山梨は今のままでも充分魅力的だし、俺は山梨のことすごく、か、可愛いと思う。」
「お世辞でも嬉しい。ありがとう」
「お世辞じゃない!」
「あはは、ありがとう。桐生君て優しいね」
「俺は山梨のこと好」
「比奈ちゃ~ん!お風呂空いたわよ~!!!」
プリンスが何か言いかけてたが、ドア越しから母に声をかけられ携帯を耳から話す。
声が大きいので、たぶんプリンスにも聞こえてしまっただろう。恥ずかしい。
「ごめんなさい。もう一度言ってくれる?」
「いや、いい。お風呂入るんだろ?そろそろ切るから。長く引き止めてごめんな」
「ううん。こっちこそバタバタしてごめんね。じゃあ、また」
「うん、またな」
なかなか通話が切れる音がせず、失礼だとは思ったが比奈から切った。
「はぁ~」
ようやく体から力を抜いて、床の上にペタンと座り込んだ。
緊張した。すごく緊張した。
まさかプリンスと電話をする日が来ようとは。とっても疲れた。
「はぁ、お風呂入ろう」
このあと比奈は、お風呂に入りながら勉強会の日程が決まっていないことに気づくのだった。