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自分が人から見て「カッコイイ」ではなく、「カワイイ」と思われる人間だと知ってから、リュカはおとなしい人間を演じている。
そのほうが女性からの受けがいいのだ。主に年上の。
メイド達には一部の貴族がしているような尊大な振る舞いはせず、何かしてもらったら必ずお礼を言うようにして、両親の言うことには従順に従い、兄を慕い、クリスティアナを本当の姉のように好いている。両親の教育方針によって入れられた身分の違いによる差別をしない学校では商人や農民の息子、娘と分け隔てなく学び、遊び、「さすが、伯爵様の息子さんはそこらの貴族とは違うね」と噂されてはにかむように笑う。
全て、人に好かれるようにリュカが演じている表向きの顔だ。本当の自分がもっと下衆なものであると知っているリュカは、人が自分を褒めているのを聞くと笑い出しそうになるのを必死にこらえなくてはならなくなる。
その笑顔を人は恥ずかしがっている、と取るらしい。
――まあ、好都合だからいいんだけど。
リュカとすれば利用しない手はない。リュカは良く笑うように努めた。それでも、周りのレベルに合わせるのがたバカバカしくなって笑えないことがあったが、幸いにも周囲の人間には気づかれていないようだった。
――熱いお風呂につかってるようなものだね。
リュカはそう考えている。周囲の人にとってはまだ熱すぎて、入っていられるのは前世でこの熱さを経験しているリュカだけだが、そのうち周囲も成長していき、熱い風呂につかれるようになる。そのとき、リュカが同じ風呂につかっているようでは駄目なのだ。より熱い風呂に入れるようになっていなければ、転生というアドバンテージを潰すことになる。
――それだけは避けたいな。ただ、子供だけのコミュニティだとどうしてもまともな情報交換、勉強はできないんだよね。
そんな考えから、リュカは父親、ラファランに一つお願いをした。
伯爵として仕事をする父の仕事ぶりを見たい、と。
ラファランは邪魔だけはしないように、としかつめらしく言ったが、後で母親に「親として初めてあの子に頼られたぞ!」と喜色満面で報告していた、とメイド達の会話から盗み聞いている。
その日から、父が領民の陳情を聞くときや、客人とラファランが会食をしているときに、リュカはこっそりとその様子をうかがい知ることができるようになった。
さすがに本当に見せられないものもあるようで、そういうものはさりげなく見られないようにされていたが、それでも十分勉強になった。
リュカにとって計算外だったのは、父の仕事している姿を見られるようになったのがリュカだけでなく、兄のジルと、メイド見習い兼遊び相手のクリスもそうなったことだった。兄のジルは弟であるリュカが父の背中を見るようになれば必然的に同じ方向を向くのはまだわかるが、クリスがそこに参加するのがなんとも不思議だった。リュカはクリスが父親とマイラの間に出来た子供なのでは、とも思ったが、だったら余計にこんな疑われるようなことはしないと気づいて、訳が分からなくなった。
結局、お目付け役なのだろうとリュカは結論づける。ラファランの仕事を見るようになってすぐ、誰が始めようと言ったわけでもなく、ラファランの仕事ぶりを見ては三人で感想を言いあうのが常となっていった。
リュカは全部の情報を好き嫌いなく客観的に、しかし子供っぽく感想を言うようにしていたが、ジルもクリスも好きな分野、嫌いな分野があるようで、喋ることにも偏りがあった。
ジルは「北方で流行病が発生していること」や「今まで治せないと言われていた病気の治療法」といった話を熱心に喋り、クリスは「誰も素顔を知らない凄腕の傭兵」や「騎乗での二刀流ならぬ二槍流の有用性」といった話を好んで喋った。
リュカでなくとも、二人が将来何になりたいか分かる。しかし、二人とも幼いながらに自分の立場を理解している。伯爵家長男が町医者にはなれないし、メイドの娘が騎士になることもできないのがこの世界の理だった。
それをどうこうする気はない。この世界の言葉に、こんなものがある。
「貴族の家には貴族が生まれ、商人の家には商人が生まれ、農民の家には農民が生まれる。ただ、奴隷だけはどの家からも生まれる」
それがたとえどんなに理不尽だったとしても、まかり通っているならリュカはそれを利用する気だった。
今回色々なことを詰め込んだので話がぐっちゃぐちゃに……すみません。
シモネタが少ないぶん作者としては楽ですけど。
こ、この6話に伏線なんてないんだからねっ!