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「ただいま帰りました!」
グレーネス家の屋敷に、ダークエルフの、小さい女の子の声が響きわたった。
そろそろ帰ってくるだろうと玄関で待っていたメイド達が一斉に頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
リュカは元気よく挨拶した女の子の後ろに隠れるようにしつつ、小さく「ただいま」と返した。
「リュカ君、もっとハキハキしてください」
途端に女の子にたしなめられ、しゅんとなる。
女の子の名前はクリスティアナ。マイラの娘で、母親同様、褐色の肌に長い銀髪を持つ少女だ。おそらく、十年後には絶世の美女として名を馳せるだろう。もちろんリュカのハーレム名簿に候補として載っている。
「強要はいけませんよ、クリス。リュカ様はおとなしい性格でらっしゃるのですから」
今度はマイラがクリスをたしなめる。マイラの存在に気づいて、リュカはマイラに抱きついた。あらあら、とメイド達が微笑む。
ちょうど会食に出かけるところだったリュカの両親も微笑ましくそれを見ていた。母親、アデライトが呟く。
「これじゃあ、どちらが母親か分からないわね」
「仕方がないさ。これも貴族に生まれたものの宿命だよ」
父親、ラファランがそんなアデライトを慰める。ラファランは背の高い、いかにも有能そうな渋い色男であり、アデライトは小柄でどこか儚げな印象のある美女である。
そしてどうやら、リュカは母親の血を色濃くついだらしく、同年代の子供と比べると小柄で、よく女の子に間違えられる。ちなみに、兄であるジルは父に似ている。
「それじゃ、行ってくるからな。クリス、今日もリュカと遊んでやってくれ」
ラファランがクリスにそう言い残し、二人は家の前に止まっていた馬車で出かけていった。メイド達とクリスが行ってらっしゃいませ、と一礼する。
「じゃ、リュカ君。部屋で遊ぼっか」
馬車が見えなくなると、クリスがリュカの手を引っ張ってリュカの部屋に連れていく。彼女は、両親が普段構ってやれないリュカがかわいそうだ、と遊び相手として任命されている。メイドとしての仕事が忙しく、夫も仕事で忙しいマイラが安心して仕事ができるように、という両親なりの配慮も多分に含まれている。
だから、遊び道具などもたくさんある。部屋の中にある遊具を見回して、クリスがリュカに聞いた。
「何で遊ぶ?」
「僕はなんでもいいよ」
大人しくリュカはクリスに従うつもりだった。
――――――――――
一日が終わり、ようやくリュカは一人きりになれた。思わずため息をつく。おとなしい外向きの顔をやめ、苦々しく舌打ちしてベッドに倒れ込んだ。気弱で頼りなく、女男とからかわれて涙目になる普段のリュカを見ている周りの人には想像できない姿だ。
同級生とまともに会話で来るか不安に感じてから早八年。結論として、リュカの不安は的中した。いわゆる前世での幼稚園、そして小学校に通い、今は小学三年生にあたる学年にいるが、正直苦痛となっている。
簡単すぎる授業内容、低レベルなことで盛り上がる同級生達、当然のことながら、リュカと話す際子供と話すように喋る大人達。それらはリュカをイライラさせた。
そのたびに、リュカの歪んだ欲望は膨張していく。
唯一、幼馴染であるクリスが純粋で汚れを知らない少女だというのが救いだった。おまけに、本人に自覚はないだろうが、リュカに淡い恋心を抱いているのを知っている。そもそも、リュカがそうなるように仕向けたのだ。いくら立派な両親に教育されたとはいえ、彼女はまだ幼すぎた。リュカがその心を掴むのにさほど時間は掛からなかった。
ただ、彼女を汚すのはリュカの肉体的にまだ無理だ。いつかそうする日を希望に、明日も頑張ろう、とリュカは深い眠りに落ちていった。