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しばらくすると女の子は目を覚ました。リュカは、何が起きているのか把握できない彼女をクリスとエステルの手でお風呂にいれさせた。
その後、彼女は目を白黒させていたが、抵抗もしなかったし、一言も喋らなかった、とクリスに報告を受けた。
「変わった子だね」
「私もそう思う。彼女はどこか異質だ」
リュカの呟きに、クリスが同意する。エステルと女の子がまだ帰ってきていないので口調が『騎士』になっているのはスルーして、リュカは聞き返す。
「異質?」
「ああ、気にしないでくれ、主よ。ただの感覚として、そう思っただけだ」
――女の感はよく当たるというけど……。
嫌な予感を感じつつ、客間のベッドに腰掛けて待っていると、エステルとぶかぶかの寝間着に着替えた女の子が戻ってきた。
「すみません……探してみましたけど、これ以上小さい服は私でも持ってませんでした」
エステルが頭を下げる。
「いや、仕方ないよ。必要な物はまた買うことにしよう」
――また、出費になるな。
全く、ハーレム要員として買う予定だった奴隷のせいで、いくら散財するんだか、などと考えながら女の子を見ると、女の子はじっとリュカを見ていた。何となくリュカは目をそらす。そんなリュカの様子に、女の子は何か考えたあと、そっとリュカのもとに駆け寄ってきて、手をとった。
子供特有の、柔らかな手の感触。リュカは、過去にもこんなことがあったような気がした。
――気のせい……だよね。
「なあに?」
内心の動揺を隠して笑顔を作る。女の子は答えない。ただじっと見つめてくるだけだ。彼女の無垢な瞳に、リュカはだんだんと動揺が隠せなくなっていった。
「えっと……お、お腹すいたのかな? あ、ト、トイレ?」
女の子は答えない。
「えっと……あの……その……あっ、そうだ。君の名前は? 名前はなんていうのかな?」
苦しまぐれに言った質問が、何故か女の子の表情を笑顔にした。蚊の鳴くくらい
の小さな声で、女の子が応えた。
「サルマ=セルマ・ヘイロフスキー」
「そう……いい名前だね……僕はリュカ。リュカ・L・グレーネス。」
――分からない! 僕はこの子が分からない!
心の中で悲鳴をあげながら、リュカは笑う女の子にあわせて笑顔の真似事をした。
女の子の命名は適当です。サルマはイスラムの女性名、セルマはヨーロッパの女性名、ヘイロフスキーはチェコスロバキアの人名からとりました。つまり、「無茶苦茶な女の子」ということです。