15
「その子は今どうしてるんだい?」
手紙を書こうとペンをとったラファランが思い出したように聞く。
「クリスとエステルさんがみています」
「そうか……後のことはいいから、お前も見に行ってあげなさい」
私は各所に説明の手紙を書くから、というラファランにリュカは抗議した。
「いえ、僕もお手伝い……」
「ならん」
珍しく、ラファランの口調が厳しいものになる。父に反対されるとは思っていなかったリュカはあっけにとられ、渋々頷いた。
「……わかりました。では、失礼します」
ドアに手をかけてから、振り返ってラファランに聞いた。
「僕の対応は間違っていましたか?」
「いや、正しい行いだったさ」
その答えに少なからず安堵しつつ、父の部屋を出た。
――そうだね。確かに正しかったのかもしれない。ただ、僕は別に人として清く正しくあろうなんて思っていないんだ。
そこが問題だ。とばかりにリュカは小さくため息をついた。
――それなのに、とっさにあの子を守るような行動に出てしまった。なんでだろう? 平坂薫としての性分だろうか?
前世の自分がどんな人間だったか思い出そうとする。が、頭に霧がかかったようになってよく分からなくなってしまう。普段は前世での知識が思い出せるだけで十分だ、と思っている分、だんだん忘れてきているのかもしれない、と考えた。
――もし、本当に前世での性分を引きずってるようなら、知識以外はさっさと全部忘れるべきかな……? 今もほとんど覚えてないし。
考え事をしている間に、自然と足は女の子が通されたであろう客間にむいていたようで、いつの間にやら慌ただしく廊下を走るメイド達の姿が見えてきた。そのうちの一人を呼び止める。
「女の子は?」
「一番奥の客間にお通ししました。まだ目を覚まされませんので、お言いつけ通りクリスティアナとエステルが見ております。目を覚まされるころには、湯浴みの準備も整っているかと」
礼を言って、奧へ。軽くドアをノックする。
「入っても大丈夫かな?」
「どうぞ」
「どうぞ」
二人の返答が重なる。リュカは静かに客間へと足を踏み入れた。柔らかなベッドに女の子が寝かされていて、傍らでエステルとクリスがリュカにはよく分からない類の魔法を唱えていた。
――体力回復とか、そういうのかな? 僕は『誰かから奪う』『誰かを痛めつける』系統の魔法以外は人並みだからな……。
二人の邪魔しないよう黙って枕元に立ち、女の子の乱れた長い前髪をなでつけてやる。
間近で見ると女の子はひどく痩せていて、切ってもらえていなかったのだろう長い前髪ともあいまってどこか儚げに見える。
ただ、今のところ女の子は一見静かに寝ているようで、その寝顔のおかげでリュカは何故か自分自身が救われた気がした。その理由を彼は分からず、前世のせいだ、と結論づけておいた。