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リュカは開き直って堂々と、胸を張って自宅の問をくぐった。後ろから子供を抱えたクリスが続く。
「お帰りなさいませ」
いつもどおり、手の空いているメイド達が出迎えた。が、優秀な彼女たちも、クリスが抱いている少女に気づいてざわついた。特に、あまり優秀ではない部類のエステルは実際に声を上げてしまった。
「ど、どうしたんですか?」
リュカは一瞬、どう説明したものか迷った。それを見かねて、クリスが一歩前に出る。
「下校途中、この子が行き倒れていたのです。商人から逃げてきたのだと想像がついたので、不憫に思い、連れてきました」
エステルがなるほど、と頷いてリュカを見る。
――ちょっと見直した。みたいな顔をされても……。
リュカはわかりやすいエステルに苦笑いしそうになるのをこらえつつ、クリスやエステルも含めたその場のメイド達に指示を出す。
「この子を客間に寝かせてあげて。面倒はクリスとエステルさんに任せるよ。かなり衰弱してるみたいだから、栄養のあるものを作るようシェフにも言ってね。あと、この子に服を見繕ってあげて。あ、お風呂もよろしくお願いします」
メイド達が慌ただしく動き出し、屋敷の中がにわかに騒がしくなる。そんな中、リュカは屋敷の奥へ向かった。
「父上、失礼します」
ノックしてラファランの書斎に入る。書類に判を押していたラファランは、普段自分の仕事の邪魔にならないよう気を付けている息子が突然部屋にやってきたことに驚いたようだった。
「どうしたんだ」
「奴隷の子を買いました」
「…………詳しく説明するんだ」
普段、温和な紳士然といった態度を崩さないラファランが厳しい顔をして命令したことに緊張しながら、リュカは経緯を説明する。
リュカの説明を聞き、ラファランがため息をつく。その反応に、さすがに不安になって上目遣いに聞いた。
「……僕の対応は間違っていたのでしょうか?」
「いや、そんなことはない。そんなことはないさ。お前は正しいことをした」
ラファランが心配する息子を安心させようと笑顔を作る。しかし、その笑顔もすぐに曇ってしまった。
「ただ……お前に説明するまでもないだろうが、グレーネス家はこの国の奴隷制に反対すしている一派に所属している。だからこの屋敷には奴隷はいないし、グレーネス家が関わる場に奴隷を雇ったこともない。しかし、王室としては奴隷制を続ける方針だ。そのため、私が治めているこの地でも奴隷商人が大手を振って闊歩しているわけだ」
リュカもその辺の事情はよく知っている。ラファランが何を言いたいか汲み取った。
「奴隷制を続けたい勢力と、奴隷制を止めさせたい勢力の力が拮抗している中で、止めさせたい勢力のNo.2の家が奴隷を買ったとなると、相手勢力を勢いづかせるだけではなく、味方勢力から突き上げを食らうのは必至、ですね」
「No.2というのは言い過ぎだろう」
「ジード候爵がトップだというのは誰もが分かっている事実ですし、有力貴族のミュレーズ伯爵はほぼ隠居状態で今は孫娘に任せっきりとなれば、No.2はこの家かと」
「まあ、そうではあるが……」
ラファランの抗議をあっさり受け流しつつ、改めて自分がどんなに軽率なことをしてしまったのかリュカは認識する。
――奴隷制を止めさせたい勢力のほとんどは、僕のように自分の利益しか考えてない輩だから、不利益を被ると判断したら手のひらを返すだろう。これは「不利益を被る」と判断されてもおかしくない事態だ。
そうしてグレーネス家が没落しては、リュカの計画がパーになってしまう。それを避けるためにも、早急に手を打たなくては、とリュカは考え始めていた。