13
――間違いない。抜けるように白い肌。茶色と金の混じった髪。北方の民族の特徴を持ってる。逃げてきた奴隷か。だとすると……
リュカは耳を澄ませた。すぐに、少女が来た方向から年配の男の足音と怒声が聞こえてくる。
「クリス。逃げ……」
「おい! お前ら!」
いち早くこの場を離れようとしたが、太鼓腹の男に見つかってしまった。
「ええと、なんでしょうか」
なるべく穏便に済ませようとするが、男の方は子供二人だと侮ったのか、高圧的に出てくる。
「そいつはウチの商品なんだよ。痛い目見たくなかったら返しな、ガキ」
――なるほど。各地を飛び回る奴隷商人なら、ここの領主であるグレーネス家の次男の顔を知らないってこともあるだろうな。
グレーネス家の名前を出して追い払うことも出来たが、後々家族に迷惑がかかるのをリュカは避けたい。何より、この男にむかついていた。
「いくらだ?」
リュカは簡潔に聞く。男の顔がまず唖然としたものに、次いで、嘲笑に変わった。
「ハッ、買うってか? やめときな。お前じゃ一生手にできないような額だ」
「僕は、いくらだ? と聞いたんだ」
クリスの前だったが、リュカは少しだけ本性を表した。男も、目の前の人間に何か不振なものを感じたようで、しばらく黙った後に右手の指を三本立てた。
「金貨三枚だ」
奴隷をいつか買おうと思っていたリュカは、相場も知っている。まともな労働力としては見込めず、娼婦としても売り物にならないこの年齢の娘の値段とすれば、金貨三枚は高すぎた。一級品の奴隷が買える値段だ。しかし、リュカは黙って金貨を三枚取り出して、男の足元に投げ捨てた。
「持ってけ。そして、構うな。失せろ」
よもや出てくるはずがないと思っていたものが出てきて、ぐ、と男が言葉につまる。こんなガキになめられてたまるか、という思いもあったのだろうが、結局男は金貨を乱暴に拾いあげて来た道を戻っていった。
「よい判断だったと思います」
クリスがリュカを褒める。リュカはそれを手で制して、頭を抱えた。
――なんで僕は、いままで奴隷を買うために貯めてきたお金をここで出しちゃうかな……。
リュカ自身もびっくりするほど、小さな女の子が虐げられている、という状況にいらついたのだ。自分はその奴隷制度を利用しようとしていたにも関わらず。
――今夜にでも内緒で買おうと普段は持ち歩かない額のお金を持っていたのが悪い。前方不注意だった自分が悪い。少し後ろを歩いて自分に後ろを向かせたクリスが悪い。奴隷商人から逃げてきた女の子が悪い。奴隷商人が悪い。奴隷制度があるこの国が悪い。
いろいろ理由付けしてみるものの、結局事実関係は変わらない。
――なりゆきで奴隷を買ったのか、僕は。
どうやら、意識を失ってそのまま眠ってしまった様子の女の子を見つめる。年は10ばかりか。前髪がうっとおしい程に長く、顔をはっきりと見ることは出来ないが、整った顔立ちをしている。といっても、この年齢はさすがに守備範囲外だ。
大きなため息をつく。そうすると、なんだか全てがどうでもよくなってきて、リュカはいっそ晴れ晴れした思いでクリスに言った。
「父上と母上に、妹ができた、と報告しなきゃね」