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歴史の授業の次、2時限目は魔法学だった。ちなみに、過去、リュカが期待したような、催眠や緊縛といった魔法はあるにはある。が、使ってもいいとされている場は戦場といった特殊な場所に限られていて、リュカはハーレム作りにこれらの魔法を使うことは諦めた。とは言っても、覚えるには覚えたが。
――騎士団みたいな組織にでも入らない限り、使うことはないだろうなあ。
兄が入れられた組織を思い出す。年中国を守るために戦地を駆けているあそこなら、自由にそういった魔法を使えるのだろうが、リュカとすればただ使えるだけでは意味がない。
――それに、僕が入っても兄と同じく貴族だからって理由で戦地には送り込まれず、王宮で警護につかせられるだろうし。
物思いにふけっていると、神経質で有名な魔法学の教師にそれを注意される。
「リュカ君。授業を聞いているかね?」
「あ、すみません。聞いてませんでした」
ここは素直に謝っておく。それでも許せぬと見えて、教師は黒板に書いてあった魔方陣の一つを指さした。
「リュカ君、問題だ。これはなんの魔法陣か分かるかね?」
「……すみません。分かりません」
――第4次西方戦争で初めて使われた、広域治癒魔法でしょう。一定の物を身に付けていることで治癒する人間を勝手に選択してくれる点が有用で今でも一部で仕様されている魔法ですよね。
あまり出来る人間だと思われたくないので、わざと間違えておく。リュカの回答を聞いた教師は盛大にため息をつき、そのままリュカをいびり倒して授業が終わった。
2時限目が終わり、同級生達から同情のフォローをもらいつつ帰る準備をする。いまだに慣れないが、この世界の学校はどこも自分の学びたい学科を好きなように取れる。まるで前世での大学のようだが、子供も立派な労働力であるこの世界においては、必要な技能だけ習得して就職するということも多いとリュカは知った。
つくづく裕福なうちに育って良かった、などと考えながら玄関でクリスを待つ。クリスはすぐにやってきた。
「おまたせして申し訳ありません」
「いや、いいよ」
いつもどおりの会話をして、二人で下校する。この間の一件以来、クリスはリュカよりも少し後ろを歩くことにしたようで、リュカにしてみれば一人で帰っているも同じなのでつまらない。
「……主君の隣を歩くのは、騎士としてあるまじきこと?」
後ろを振り向いてクリスに聞く。クリスは静かに頷いた。
――なんだかなあ。
非常にやりにくい。
――マイラを失って、彼女のかわりに僕を守ると決意した結果が、これなのかな……?
考え事をしながら歩いていた結果、リュカは曲がり角から飛び出してきた小さな女の子に気付かなかった。肩が触れあって、リュカも、飛び出してきた女の子もバランスを崩した。クリスがリュカを抱きとめて、女の子にも手を伸ばすが間に合わず、女の子はこけた。
「あ、ありがとう」
「いいえ、当然のことです」
後頭部に当たる、ふくよかな胸の感触に思わずリュカは素で赤くなる。それでも、クリスは無表情のままだった。今はそれを気にしている時ではない、と自分に言い聞かせていまだに立ち上がらない少女を気遣った。
「ええと……大丈夫ですか?」
少女は顔を伏せて動かない。異変を感じてのぞき込む。よくよく見ると、少女は裸足であり、身に付けているものはボロボロで、体には無数の傷がある。
リュカが動くより先にクリスが少女を助け起こした。少女はかなり衰弱しているようであり、倒れた衝撃で意識を失ってしまったようだった。