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「行ってらっしゃいませ」
毎朝繰り返されるメイド達の一言に送り出され、リュカはクリスと学校へ向かった。ちらっと見えた、仕事に復帰したエステルのすねたような視線に苦笑いする。
――ああいう仕草が嗜虐心をそそるんだって、分からないんだろうなあ。
そんなリュカの様子に、クリスが「どうしました?」と小声で聞いてきた。
「いや、なんでもない」
そっけなく返すと、そうですか、とそれ以上のことは聞いてこない。2人きりでいるときは、『騎士』で通すことにしたようだった。リュカもそれについては何も言わない。
それ以降、たいした会話もなく、学校についてしまった。クリスの雰囲気が変わる。
「それではリュカ様。私はこちらですので」
口調こそ変わっていないが、明るくなり、華のある雰囲気になった。
――人目があるせいか。
リュカもはにかんだ笑顔を作って「行ってきます」と返して、それぞれの下駄箱に向かう。それを見ていた同級生達、特に、貴族の子息に「いいよな、お前んちは。あんな幼馴染の姉ちゃんがいて」とからかい混じりに言われるのもいつものことだ。
リュカの通っている学校は、生徒を身分で差別せず、実力で入れるかは入れないかが決まるという、いわばエリート校であるのだが、前世でのアドバンテージがあるリュカにとっては歴史と国語、そして魔法学以外はまだまだレベルが低いと言わざるを得なかった。生徒のレベルもだ。
リュカは教室に入って同級生たちとそつのない挨拶をこなしながら、前世で自分はこんなだったかと考える。が、前世での14歳の自分を思い出せず、記憶力のなさに苦笑させられるだけだった。
その内に予鈴が鳴り、一時限目の男性歴史教師がひょろひょろした体をゆらゆらさせながら教室に入ってくる。
「はい、授業始めますよー。今日はこの前行われた試験の返却と、簡単な解説をするからね」
点呼替わりに、テストを返し始めるどうにもうだつがあがらない30代の教師。
「はい。全員返したね? じゃ、早速だけど、大問1から。これは、我が国についての基本的な事柄についてだから、君たちには簡単すぎたかもね。現国王陛下の御子息であるフランシス王子と、ルネ王女に関することで間違えてる人が何人かいたけど、正直、教えている僕もこれは歴史の授業で教える範疇じゃないって思ってるから。……ごめん、今の発言は忘れて」
授業内容を決めている政府に楯突くような発言をしてしまって、教師は慌てて打ち消した。
「次に、大問2。我が国と敵対関係にある西方のギャスタス王国だけど、では、ギャスタス王国と敵対関係となるきっかけとなった104年前の事件について具体的な名前をあげて説明せよって問題。これは、グレーネス君がよく出来てましたね」
周囲から称賛とも嫉妬とも取れない視線を浴びせられ、赤面してうつむく『振り』をするリュカ。
「この問題で書いて欲しかった点は……」
歴史の授業は、その後も淡々と進んで行き、解説が終わり、質問したい生徒が教師に聞きに行く時間となり、それも一段落して誰も行かなくなったことを確認してから、リュカは答案用紙を持って教卓へ向かった。
「すみません、先生。ここなんですが……」
答案を指さす。そこには、事前に『昨日はありがとうございました。正直に申しますと、あなたの実力を疑っていました。お許しください』と書いておいた。
「ああ、ここかい? ここはね、こう、こう、こうだよ」
教師はそれを見てさらさらとペンを走らせる。
『見た目がこうだから、裏の人間だと思われないのはしょっちゅうだし、気にしなくていいよ。君だって、見た目で苦労するだろう?』
「ああ、なるほど、そうですね。僕、先生の生徒でよかったと、本当に思いますよ」
「僕も、君みたいな生徒は大歓迎さ。また何か用があったらいつでも呼んでくれたまえ」
二人は声もなく笑った。
また……一話丸々消えて……書き直し…でした……ガクッ