10
リュカは朝からいらついていた。主に自分自身に対して。
――認めよう。僕はマイラのことを大切に思っていた。それは認めよう。だけど、なんだ昨日の体たらくは! 何が彼女の僕に対する気持ちがどうたらこうたらだ!
それに加えて、昨晩あんなことがあったにも関わらず、何事もなかったかのように振舞うクリスにも、多少いらついていた。
――僕は、確かめる必要がある。
学校で数を減らしてしまった同級生達と談笑しながら、リュカはそのことばかり考えていた。もちろん、同級生にイライラしていることを感づかれるようなへまはしなかった。
――僕は、確かめる必要がある。自分に、ハーレムを作るだけの度胸があるのかを。
リュカは自分の能力に疑問を持ち始めていた。そして、自分に疑いをかけたままではうまくいく訳がないことを知っていた。
疑問を払拭する方法も知っていた。
――誰がいいかな? 同級生で目をつけていたのはあらかた死んでしまったし……。仕方ない。家族にバレやすそうだから、あまり手を出したくなかったけど、メイド達の誰かにしようかな。こういうときの為に、内緒で裏稼業の人のうちの信用できる人を雇っているんだし。その人の力量も見ることにしよう。
彼は、今日、自信を取り戻すためだけに、女性を誑かそうとしていた。
――もし、これでうまくいかなかったら……? いや、そんな時なんて考えない方がいい。
頭の中でメイド達のリストをピックアップして、都合のいいメイドを探す。消去法で消していき、最後に残った人間の顔を思い浮かべて、リュカは人の悪い笑みをこぼした。
――あー。彼女ね。うん。確かに、ちょうどいいかな。
リュカは、学校から帰るとすぐにその子を探した。彼女はちょうど庭で干してあったシーツを取り込んでいるところだった。
「エステルさん」
「あ、はい! なんでしょうか。アッ!」
リュカが後ろから声をかけると、彼女は勢い良く振り返って、そのままこけた。シーツも巻き込んだので、洗い直しは確実である。
「ああ、すみません。急に話しかけて」
「い、いえそんな。私が悪いんです」
涙目で立ち上がる彼女の頭には、ピョコピョコと動く猫科の動物と同じような耳が付いていた。長いスカートの裾からは茶色のしっぽも覗いている。
――エステル・ルーデン。14歳。獣人。真面目な人柄がうかがえる。ただ、メイドとしてまともに働けるかは甚だ疑問。ヒラリス村出身。
数か月前にあったメイドの雇用試験での面接官の報告書を思い出す。リュカも誰を雇用するかの会議に立ち会ったのだが、そのときは彼女がメイドとして雇われるとは思っていなかった。
――いや、父が「家柄より人柄」と言い出さなければ、実際に彼女は雇われなかっただろうな。
「えと、何かご用でしょうか?」
洗濯かごに汚れたシーツを戻したエステルが、リュカを見上げた。彼女は、この屋敷では数少ない、リュカより背の低いメイドだった。髪型は茶色のボブカットで、大きな同色の瞳のせいか、どこか子供じみた印象がある。
「エステルさんに、ちょっと今夜頼みたいことがありまして。深夜に僕の部屋へ来て欲しいんですが」
「あ、はい。私で良ければ」
何をするのか聞いていないのに、エステルは二つ返事で引き受けた。
――自分が酷い目にあうと思わないし、人が酷いことをするとも思わない。前世で言えば、詐欺に会いやすいタイプ。
「ただ、人に知られたくないので、何か用事を作って、暇を貰ってください。そうですね……明日の夕方には戻る、ということにしておきましょう。一旦屋敷を出たあと、夜、裏口からこっそり入ってください」
「わかりました」
「他の人には秘密ですよ?」
秘密、というのを強調すると、エステルはいたずらっぽく笑って、では、と仕事に戻っていった。
――さて、僕も準備があるし、誰かに見られてもいけない。退散しようかな。
「失礼します」
深夜、質素な普段着を着てドアをノックしたエステルを招き入れ、リュカは彼女を乱暴に押し倒した。
「え? あ、あの! リュカ様?」
リュカの下で目を白黒させるエステル。リュカは何も言わず無理やり彼女の唇を奪った。あまりに驚いたのか、エステルは抵抗しなかった。
数秒後、リュカは唇を離して、真摯な顔で、悲壮感すら漂わせて言った。
「僕は、マイラが居なくなって寂しいんだ。君に埋めて欲しいと言ったら、拒絶するかな」
嘘だ。マイラが居なくなって寂しいというのは真実だが、誰かにそれを埋めて欲しいとは、もう思えなかった。ただ、リュカはそう言えば彼女は抵抗しないだろうと踏んでいた。
案の定、エステルは迷った末に、目をつぶって「どうぞ」とだけ言った。
「……ごめんね。なるべく優しくするから」
――何回もバレそうになって……。雇った人間が実際に優秀でなかったら危ないところだったよ。まあいいや。その分、強引にでも楽しませていただくし。
言っていることと思っていることが違いすぎて、自分で笑ってしまいそうになったのをじっとこらえるリュカだった。
翌日、足腰が立たないと言い出したエステルのおかげでもう一度裏稼業の人間に出張ってもらい、「用事が増えて帰るのが遅くなる」ことにするはめになるのを、現時点でリュカは知らない。
最近「鬼畜」成分が薄くなってきたのでこういうお話を挟みました。男尊女卑っぽくなっていたらごめんなさい。女性には優しく接しましょう。
エステルはもともと使い捨てのつもりでしたが、一話分丸々消えてしまって書き直している間にあまりにかわいそうになってきたので、またどこかで出てくるかもしれません。
実にどうでもいいことですが、エステルの苗字は某ドイツの戦車撃墜王をもじっています。