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異世界恋愛【短編・5万文字以下作品】

猫耳しっぽ令嬢は涙しながら婚約破棄を申し出る

掲載日:2026/04/11

【読まれる前にヒーロー傾向の簡単なご案内】

・当作品はヒロインよりもヒーローが出ばっております。

・マイペースですが、かなり策士なヒーローです。

(※策士ヒーローが苦手な方はご注意ください)

・母親と共にヒロインを猫可愛がりするヒーローになります。

・ボディ(猫耳・しっぽ)タッチが多いヒーローです。


以上のヒーロー傾向が地雷でない方は、是非作品をお楽しみください。(^o^)ノシ

 この日、エルグレード城の一室で一人の伯爵令嬢が涙をこぼしながら、あることを王太子に申し出ていた。


「このような姿では王太子妃など務まりません……。どうか、わたくしの有責として婚約破棄してくださいませ……」

「婚約破棄ねぇ……。でもこの状況では君は被害者になるのだから責任はないだろう? もしするとしたら婚約解消だ。まぁ、する気は一切ないのだけれど」

「殿下!」

「大体、ミフィの王妃教育はもう終盤に差しかかっているじゃないか。その状態で婚約解消などしたら、これまでの君の努力がすべて水の泡になってしまうよ?」


 苦笑しながら王太子のイオニスは婚約者の頭のある部分を優しく撫でた。

 十六歳のミルフィアより一つ年上のイオニスだが、その手はすでに男性特有の大きなものへと成長している。

 そんな安堵感を与えてくる彼の手に涙腺を刺激されたミルフィアは、さらに大粒の涙をこぼした。

 たとえ周囲が自分のことを被害者だと認めてくれても、どうしても自分を責めてしまう。

 その悔しさから、さらに涙がこぼれ落ちる。


「それでも……このような呪いを受けてしまったのは、わたくしが油断していたことが原因です」

「それは自分を責めすぎだと思うよ?」

「ですが、この姿では公務など……って、ひゃあ!」


 先ほどまで優しく撫でられていた部分を急に指でつままれ、ミルフィアが変な声を上げた。

 対するイオニスは、つまんだ部分の素晴らしい感触に瞳をキラキラさせる。


「うわぁ~! 想像以上にフニフニしてる! しかも最高の触り心地じゃないか!」

「で、殿下! 耳はおやめくだ――――ひゃん!」


 ミルフィアが抗議の声を上げようとした瞬間、今度は本来人間にはない体の一部分をイオニスに優しく掴まれる。

 その状態で彼は何度も撫でるように上下に手を滑らせた。


「こっちも最高の触り心地だ! どうしよう……ものすごく頬ずりしたい。ミフィ、これにスリスリしてもいい?」

「ぜ、絶対にダメです!!」

「えー……ちょっと! ちょっとだけでいいから、お願――――痛っ!!」


 次の瞬間、王太子の頭頂部に容赦なく扇子が打ち込まれた。


「いったぁー……。母上! いきなり息子に暴力を振るうなんて国母にあるまじき行為ですよ!」

「あるまじき行為をしているのは、あなたの方でしょうが!! しかも、しっぽに触れるなんて! ミフィを見なさい! かわいそうに……羞恥心で顔を真っ赤にさせて涙ぐんでいるじゃないの! ミフィ、こちらへいらっしゃい。 そんな場所に座っていたら、あっという間に愚息に穢されてしまうわよ?」


 オリエッタから手招くようにテーブル越しで両手を広げられたミルフィアは、脱兎のごとくその隣へ避難する。

 同時にイオニスの手から、するりとしっぽらしきものが抜けていった。

 婚約者に逃げられた王太子は、何かを訴えるように悲しげな表情を浮かべる。


「ミフィ……」

「自業自得よ! 先ほどのあなたの接し方は婚約者が相手とはいえ、淑女に対して許されない行為です! 反省なさい!」


 そう口にするオリエッタだが……ミルフィアが隣に腰をおろした瞬間、ガバリと彼女の頭を抱え込み、ピョコンと頭部から出ている愛らしい耳に頬ずりする。


「はぁ〜、モフモフで気持ちいい〜。これは国宝級の感触だわ!」

「あ、あの……王妃様、頬ずりをされるのは、ちょっと……」

「無理よぉ~! だってこんなにも触り心地がいいのだもの~! ミフィ、今日は城に泊まっていきなさい。そしてわたくしと一緒に寝ましょう!」

「母上、ズルいです!」

「だまらっしゃい! これは女性同士の特権です!」

「でしたら僕は、婚約者権限でミフィを撫でまわす権利を主張します!」

「却下します! 婚約段階では節度ある触れ合いしか認めません!」

「酷い! 横暴だ!」


 伯爵令嬢の奪い合いをする王家親子に部屋の隅で控えていた護衛と侍女が、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 そんな二人の反応から、ミルフィアも居たたまれない気持ちになる。

 現在のミルフィアは、頭部からは淡い薄茶の髪色と同じ毛色の猫耳が、臀部からはやはり同じ毛色のしっぽが生えている。


 それらは三日前、朝目覚めると体の一部として当たり前のように存在していた。

 その状況にミルフィアは悲鳴を上げ、声を聞きつけた兄と姉がすぐに両親へ報告。

 末っ子の彼女は家族から溺愛されており、父である伯爵はその日のうちに三人の医師と二人の魔術師を邸に呼びつけた。


 だが、医師からは薬物による影響ではないと言われ、魔術師からは呪いの(たぐい)ではあるが、簡単には解呪できない複雑なものだと診断される。

 もはや自分たちでは愛娘を救えないと判断した伯爵夫妻は、王太子との婚約が白紙になることを覚悟しながら、藁にも縋る思いで王家に相談することにしたのだ。


 現在、父である伯爵は国王へ娘の解呪法の依頼と今後の過ごし方について話し合いをしている。

 一方、ミルフィアは人目につくとまずいので、城内にある王族の住居スペースに早々に連れてこられたのだ。


 結果――――。

 婚約破棄を言い渡されるどころか、王太子と王妃が愛らしい姿となったミルフィアを取り合うというなんとも言い難い状況を迎えていた。

 そんな緊張感のないやり取りをしていた王家親子だが、急に王妃が真顔になる。


「それで? 犯人の目星はもうついているの?」

「目星どころか『私が犯人です』と言っているような人物が約一名いるではありませんか……」

「あー……あの頭がゆるそうな隣国の第二王女様ねー……。突然、留学してきたと思ったら『住まいを城内に用意して欲しい』と非常識な要望をしてきた挙句、あなたにつきまとっている……」

「そもそも何不自由なく育った大国の第二王女のくせに、うちのような雑務が多い小国の王太子妃が務まると思っている時点で頭がおかしいです」


 そう主張するイオニスは、いつの間にか母親とは逆側のミルフィアの隣を陣取っていた。

 そんな油断ならぬ息子から未来の義理の娘を守ろうと、オリエッタは自分のほうへ引き寄せようとした。

 だが、息子のほうも負けてはいない。

 素早くミルフィアの腰に手を回し、母親に奪われないよう死守する。


「それにしてもミフィは、いつどうやって呪いをかけられたのかしら……」

「恐らく四日前に彼女が友人から招待されたお茶会でかけられたのだと思われます。その日はルビアナ第二王女も参加していたので。その証拠に翌朝、ミフィは今の症状を発症していました」

「でもあの王女は呪術なんて使えないでしょう?」

「これはうちの魔術師団長の見解ですが、恐らくミフィが使用する物を媒体にしたのではないかとのことです。たとえば、ティーカップとか。お茶会を主催した子爵家は、隣国との取引が主軸なので、今後の円満な取引を脅迫材料にされ、第二王女に無理矢理協力させられた可能性が高いですね」

「そこまで調べがついているのに、なぜあのお花畑王女を野放しにしているの!」

「証拠も不十分な状態で下手に動くと、外交問題に発展しますので」

「まったく! これだから他国の王族を留学生として迎え入れるのは嫌なのよ!」


 王妃は、苛立ちを鎮めようと再び猫耳に頬ずりしはじめた。

 ちなみに反対側の猫耳は、先ほどからイオニスがフニフニとつまみ、感触を楽しんでいる。

 もはや二人の癒しアイテムと化したミルフィアは無言でその役に徹した。


「そういえばこの前、あのお花畑王女様から『夜会は最低でも週に一回は行うべきです!』と提案されたわ……。そんなことに予算を割くくらいなら、国内の橋の補強や害虫被害を受けた領地への救済金に回すわよ!」

「隣国では、週に一回夜会を行うというのは当たり前のことなんですかね? 僕、生まれたのがこの国で本当によかったです」


 爽やかな笑みで皮肉を口にする息子にオリエッタが白い目を向ける。

 母からの冷たい視線を受け流したイオニスは、今度はミルフィアのしっぽを手に取り、優しく撫ではじめた。

 そんなマイペースな様子の息子に王妃が盛大にため息をつく。


「あなたは見た目だけなら爽やか美青年なのに、嬉々として国民に混じり畑を耕す変わり者王太子だものね……。でも必要最低限の社交はこなして欲しいわ。大体、その見た目との落差はなんとかならないの?」

「農業主流の国の王太子としては評価される部分だと思いますが?」

「そうね……。陛下も趣味が野菜の品種改良だものね」

「そういう母上の趣味も薔薇の品種改良ではないですか」

「あら、知らないの? 園芸は人の心を豊かにするのよ。もはや淑女の嗜みです!」

「我が国、限定の『淑女の嗜み』ですけれどね」


 エルグレード国は、大国の一侯爵領くらいの規模の小国である。

 ただ土の性質が良く、気候が一年中落ち着いているので作物が育ちやすい。

 また微量だが宝石が取れる鉱山も持っている。

 国の規模が小さいとはいえ、遥か昔に『大地の女神の祝福を受けた』という伝承が残っているほど良い土の土地なのだ。

 それこそ王族自らが土いじりに夢中になってしまうほど土壌に恵まれている。


「それで? その問題の王女様の悪事は、いつ頃になったら暴けそうなの?」

「その件に関しては暴くのが面倒なので、彼女自ら自滅していただこうと思っております」

「まさか、あなた……外交問題に発展するようなことをしでかす気ではないでしょうね?」

「ご安心ください。僕が行おうとしているのは、ただ彼女の目の前でひたすら今の状態のミフィを愛でるだけですから」


 満面の笑みで謎の宣言をする王太子にミルフィアが首をかしげる。

 しかしオリエッタはその宣言からなにかを察したらしく、息子に胡乱な目を向けた。


「嫌な子ね……。どこでそんな意地の悪さを身につけたのかしら」

「恐らくですが、母上譲りかと」

「だまらっしゃい!!」


 この後、父と国王の話し合いでミルフィアは解呪方法が見つかるまでは、エルグレード城で保護されることになった。



 ◆◆◆



 翌日、王妃の抱き枕として目覚めたミルフィアは、イオニスの提案で第二王女であるルビアナをお茶に招き、二人でもてなしていた。

 すると、猫耳としっぽを目にしたルビアナが労いの言葉をかけてくる。


「猫の耳としっぽが生えてしまうだなんて……。そんな恐ろしい呪いがこの世にあるのですね。ミルフィア様、心中お察し申し上げます……」


 いかにも同情しているという様子を見せてきた隣国の王女にミルフィアは、ぎこちない笑みを返した。

 昨日、呪いをかけた主犯格が彼女だという話を聞いているので反応に困ってしまう。

 ただルビアナは、イオニスたちが話していた人物像とは少しかけ離れていた。

 王妃オリエッタは『頭がゆるそうな第二王女様』と称していたが、今のところそれは感じない。

 むしろ頭の回転が速そうで策士的な雰囲気を感じていた。


 そんなルビアナだが、三カ月ほど前に外交業務で隣国を訪問したイオニスに一目惚れしていた。

 それから一カ月間、しつこすぎるほど婚約の打診を兄の王太子経由で行う。

 だが、意中の相手に婚約者がいることを知ると、今度はエルグレード国へ『農産業について学ぶため』という理由で強引に留学してきたのだ。


 その際、王家が所有している保養地の別荘に案内しようとしたのだが、住まいは城内に用意して欲しいと注文をつけてきたそうだ。

 もちろん、イオニスとの交流を深めるためである。

 そんな隣国の第二王女にオリエッタは、王族の住居スペースからもっとも離れた一等客室を用意したらしい。

 それでもなにかにつけて「偶然ですわね!」と、イオニスが通りそうな場所をウロウロしているようだ。


 だが今のルビアナは、そんな素振りなどおくびにもだしていない。

 すると、イオニスが動き出す。


「不謹慎なのですが……私としては彼女のこの姿は大変愛らしいので呪いをかけてくれた人間を思わず称賛したいという気持ちになってしまいました……。ですが、被害者である彼女にとっては、大変屈辱的な状況です」

「そうですわよね、ミルフィア様、おかわいそう……」

「実は昨日、彼女は『このような姿では王太子妃など務まらない』と言い出し、婚約解消の申し出を私はされてしまったのです」


 その瞬間、ルビアナの瞳がキラキラと輝きだすのをミルフィアはしっかりと目にする。


「ま、まぁ! それは大変なことに! そ、それで!? その……イオニス殿下はミルフィア様の申し出をどう受け止められたのですか?」


 あまりにもわかりやすい食いつき方を見せるルビアナにミルフィアが密やかに苦笑する。

 だが、イオニスのほうは動揺することもなく、爽やかな笑みで対応していた。


「確かに彼女の言い分も一理あるとは思います。ですが、猫耳としっぽが生えたくらいで王太子妃として務まらないという主張は納得できませんでした」

「えっ?」


 すると、イオニスは隣に座っていたミルフィアを勢いよく自分のほうに引き寄せた。


「今の彼女は、こんなに愛らしい姿なのですよ!? 逆にこの愛らしさで国民の愛国心は高まるのではないかと考えたのです! よって婚約はこのまま継続し、結婚後はこの姿で国母として公務に励んでもらおうと思っております!」

「ええっ!?」

「ご覧ください! この見事な毛並みを!」


 演技がかった様子で大袈裟に叫んだイオニスは、サッとミルフィアのしっぽを手に取る。

 そして優しく掴んだ状態で手を上下に滑らし、しっぽを撫で始めた。


「ひゃあ!」

「このなめらかな毛並み……触り心地は、まさに国宝級です!」

「で、殿下! し、しっぽは! しっぽは、おやめくださ……」

「そして、この愛らしい猫耳も忘れてはなりません!」

「ひゃん!」


 しっぽをそっと手放したイオニスは、すぐさま頭部からチョコンと出ている猫耳を両手でつまみはじめる。

 その瞬間、またしてもミルフィアは変な声を上げてしまった。

 その状況にルビアナは、見てはいけないものを見ているような気持ちになったのか、顔を真っ赤にさせる。


「このなんともいえないフニフニ感……。これは人類にとって最高の癒しともいえる素晴らしい感触です!」

「で、殿下ぁぁぁ~!! 耳! み、耳もおやめくださぁぁぁい!!」


 フニフニされるだびに込み上げてくるなんともいえない感覚と恥ずかしさで、真っ赤な顔をしたミルフィアが悲痛な叫びを上げる。

 だが、そんな婚約者の心境などおかまいなしにイオニスは赤い顔のミルフィアを抱きしめ、プルプル震えている彼女の猫耳に頬ずりをしはじめた。


「で、殿下ぁぁぁぁ~!!」

「ああ……なんて最高な肌ざわりなんだ……。ただでさえ愛らしいミフィなのに、こんな猫耳としっぽなんて生やされたら、もう一生手放せなくなってしまう! 猫耳としっぽ……ミフィに生えてきてくれて、ありがとう!!」


 陶酔するように謎の感謝の言葉を耳としっぽに捧げる王太子。

 その王太子から一心に溺愛され、真っ赤な顔で涙目になる婚約者の伯爵令嬢。

 二人の仲睦まじい様子をこれでもかと見せられ、唖然とする隣国の第二王女。

 護衛とメイド数名も王太子の乱心ぶりに圧倒され、珍しく固まっていた。


 そんなカオス状態の室内の雰囲気から、ルビアナは誰よりも早く我に返る。

 そして猫吸いならぬ、婚約者吸いをしている王太子にある質問を投げかけた。


「あ、あの! もしやイオニス殿下は猫が大変お好きなのではないでしょうか!」


 その質問の意図が理解できなかったのか、イオニスがキョトンとする。


「えっ……猫? そういえば、今ミフィに対して込み上げてくるこの感情は猫に対して抱く感情によく似ているような……むしろ同じような気がする!」


 初めて猫好きを自覚したような反応を見せるイオニスだが、彼が猫好きだという話をミルフィアは聞いたことがない。

 むしろ幼少期に中庭に迷い込んできた子猫をミルフィアが可愛がりすぎて不貞腐れてしまったことがあったので、彼はそこまで猫好きではないはずだ。

 しかしルビアナは、すっかり彼が猫好きに目覚めたと思い込んでしまったようだ。


「や、やはり! で、では今ミルフィア様が愛おしくてたまらない状態になられているのは、その猫耳としっぽの影響ではないでしょうか!」

「どうなんだろう……。なんせ猫耳としっぽが生えた女性となんて今まで接したことがないから、よくわからないなぁ」


 神妙な顔つきで自身の衝動的な行動を分析しはじめたイオニスに、ルビアナがなにかを企むような笑みを浮かべる。

 だが彼の腕の中のミルフィアは、先ほどの婚約者の振る舞いが演技だということに気づいていた。

 しかも、良からぬことを企んでいることも察してしまう。

 同時によみがえってきたのが、昨日王妃がこぼした一言だ。


 『嫌な子ね……。どこでそんな意地の悪さを身につけたのかしら』


 恐らくこの後、ルビアナは大変な状況に追い込まれてしまうだろう。

 そう察したミルフィアは、密かに活路を見出してほくそ笑んでいる第二王女に憐憫の眼差しを向けた。



 ◆◆◆



 翌日も王妃の寝室で目覚めたミルフィアだが、不思議なことに昨日まで生えていた猫耳としっぽが、きれいさっぱり消えていた。

 その状況に安堵するも、目覚めた王妃からは嘆きの声がこぼされる。


「ああ……国宝級の触り心地の猫耳としっぽがぁー……」


 名残惜しそうに頭部に頬ずりしてきた王妃を慰めるようその接し方を甘んじて受けていると、扉がノックされ、王妃付きの侍女たちから着替えを促される。

 王妃教育の際に泊りになることもあるミルフィアは、城に何着かドレスを置かせてもらっていた。


 だが衣裳部屋に持ち込まれたのは、見たこともない素敵なデザインのデイドレスだった。

 どうやらこれはオリエッタが、密かに用意してくれたものらしい。

 ありがたく、その素敵なドレスに袖を通して着替えていたら、突如慌ただしいノック音が衣裳部屋に響き渡る。

 オリエッタが入室許可を出すと、メイドが一名駆け込んできた。


「お着替え中に失礼いたします! 陛下よりすぐに王妃様とミルフィア様を会議室にお連れするよう言づかってまいりました!」

「陛下が? 一体なにがあったの?」

「そ、それが……」


 問われたメイドは、なぜか一瞬だけミルフィアに視線を向けた後、驚きの表情を浮かべる。


「じ、実はミルフィア様と同じような耳としっぽが……今度はルビアナ第二王女殿下に生えてきてしまって……」


 その話にミルフィアが驚きの表情を王妃に向けると、盛大なため息が返ってきた。


「わかりました。着替えが終了次第、すぐに向かいます!」


 二人は急いで身支度を終え、会議室に向かう。

 そして室内に入ると、部屋の真ん中に座らされたルビアナがうつむいていた。

 だが、その頭部には彼女と同じ鮮やかな黄色の毛並みの猫耳が生えていた。

 椅子の背もたれからは、長く美しい金色のしっぽの存在も確認できる。


「ルビアナ王女殿下……」


 ショックを受けている様子のルビアナを労うようにミルフィアが声をかける。

 すると、彼女はゆっくり顔を上げた。


「今朝、目覚めたら……なぜかわたくしにも耳としっぽが生えていて……」


 そう呟いたルビアナは、嘆くように両手で顔を覆う。

 まるで悲劇のヒロインのような彼女の状態に周囲も同情的だ。

 だが、よくよく室内を見回してみるとイオニスの姿がないことにミルフィアは気づく。

 同時に会議室の扉が盛大に開かれた。


「父上! 一体なにがあったのです!?」


 入室してきたのは、息を切らしたイオニスだった。

 同時に目の前のルビアナが勢いよく立ち上がり、彼に駆け寄る。


「イオニス殿下! じ、実はわたくしにもミルフィア様と同じような呪いの症状が! 今朝、目覚めたら、このような姿に……」


 そう訴えた彼女は、救いを求めるように遠慮もなく王太子の両手を取る。


「わたくし、とても怖いのです……。今もこの城の中にこの呪いをかけてきた人間が潜んでいるかもしれないと思うと……」


 そのまま不安げにしなだりかけたルビアナだったが、目の前のイオニスが急に跪いたため、それは不発に終わった。


「申し訳ございません!!」

「えっ……?」

「我が国の警備体制が甘いばかりに大国の姫君が襲われる事態を招いてしまいました!」

「い、いえ……。そのようなことはないかと……。じ、自国でもどんなに警備体制が万全でも防ぎきれないこともございますし」

「今はさぞご不安ですよね……」

「そ、そうなのです! わたくし、また襲われるのではないか怖くて!」


 不安そうにイオニスを見上げるルビアナだが、彼女から生えているしっぽは、なぜかその存在をアピールするかのように大きく揺れていた。

 頭部の猫耳も必要以上にピクピクしている。

 しかしイオニスは気づかなかったのか、それらのアピールには無反応だった。


「でしたら、一刻も早くルビアナ王女が安心出来るよう早急に帰国の準備を手配をいたします!」

「はい?」

「まだ刺客が潜伏している可能性が高い我が国にこのまま留まることは、よろしくありません! サーレス! すぐに王女の帰国準備を!」

「かしこまりました!」


 サーレスと呼ばれた補佐官の若者は指示に従い、すぐさま動き出す。

 そんな予想外の展開にルビアナも焦りはじめたようだ。


「お、お待ちください!! 今帰国したら、むしろ敵襲に遭いやすいのでは!?」

「いいえ! むしろ今が一番安全に移動できます! 恐らく刺客はあなたに呪いをかけたことで油断しているはずです! それでも、さぞかし不安でしょう……。ですが、ご安心ください! 帰国時の護衛は我が国の精鋭部隊で編成し、魔術師団長も同行させます!」

「え、ええと、そのように大袈裟に捉えなくても……。もう少し様子を見たらいかがかしら?」

「これ以上、あなたの身になにかあれば我が国は責任を取らねばなりません。最悪の場合、この国をあなたの国に引き渡さなければならない状況もありうるのです……。あなたはそれだけ尊い身分。どうか御身をもっと大切になさってください」

「で、ですが……」


 思いのほか大事になってしまったからか、ルビアナが狼狽えはじめる。

 そんな王女を尻目にイオニスは、テキパキと帰国の準備を進めていった。


「父上!」

「わかっている。先方には王女が刺客に襲われたことと、早急に保護していただくことを依頼する内容で早馬を出す!」

「さぁ! 王女も急いで帰国の準備を!」

「そ、そんな! 急に言われても……」

「私はあなたの身が心配でたまらないのです!!」


 両腕を掴まれ、真剣な眼差しでイオニスに訴えられた王女の頬がうっすらと朱にそまっていく。


「そ、そんなに……わたくしの身を心配なさってくださるのですか?」

「もちろんです! あなたのような可憐で尊い身分の方になにかあったら……私は心労で倒れてしまいます!」

「そんなに思ってくださっていたなんて……。わ、わかりました! すぐに帰国準備をいたしますわ!」


 イオレスの熱にほだされた王女が、やっと帰国を決意した瞬間、またしても会議室の扉が慌ただしく開かれる。


「ご報告いたします! 先ほど大国との国境付近でルビアナ第二王女殿下を襲ったと思われる輩を三名捕縛いたしました!」

「よくやった!」

「ただ……全員抵抗したため、やむを得ず応戦してしまって……」

「どういうことだ?」

「上級魔術師でもあったため加減ができず、三名とも意識不明の重体です……」


 騎士の報告にルビアナの顔から一気に血の気が引く。


「なんてことをしてくれたんだ! もしその者たちが死ねば……ルビアナ王女にかけられた呪いを解くことが出来なくなるのだぞ!?」

「も、申し訳ございません!!」

「全力でその者たちに治療を施し、なんとかして生き延びさせろ!!」

「かしこまりました!!」


 緊迫したやりとりを終えたイオニスは、悲痛な表情で青い顔をしたルビアナに向き合う。


「重ね重ね……申し訳ございません……」

「あ、あの……もし捕縛した者たちが命を落としてしまったら……わ、わたくしはどうなるのですか?」


 すると、イオニスは悔しそうに唇を噛んで、そっと目を伏せる。


「もし術者が命を落とせば、ルビアナ王女の解呪は、かなり難しくなります……。あの呪術は、基本的にかけた術者にしか解呪が出来ないのです。ミフィがかけられた際、我が国の魔術師団長よりそのような見解を受けました……」

「そ、そんな! で、では、わたくしは一生このままの姿で過ごさなければならないのですか!?」

「わかりません……。ですが、あなたの国には優秀な魔術師が多いので、もしかしたら解呪することができるかもしれません」

「でも基本的には、かけた術者にしか解くことはできなのでしょう!?」

「ええ。一般的にはそう言われております」

「そ、そんな……」


 先ほどとは打って変わって今にも倒れそうなほど青ざめた顔色のルビアナの前に再度、イオニスが膝を折る。


「本当に申し訳ございません……。この件に関しては、完全にこちらの落ち度になります。ですが、まだあなたの安全が完全に確保されたわけではありません。解呪の件もありますので一度、自国に戻られたほうがよろしいかと思います」

「でも! もう術者は捕らえたのでしょう!? ならば、このままこの国に滞在していたほうが安全ではないの!?」

「確かに今回の件での犯人は捕縛済みです。ですが、あなたが狙われているという状況はかわりません。ならば我が国よりも警備体制が厳重な自国のほうが、身の安全は保障されるでしょう。それに……そのお姿では、もう留学どころではないはずです」


 イオニスの言葉で現状の自分の容姿がどうなっているかを思い出したルビアナが、ビクリと肩を震わせる。


「わたくしは……一生この耳としっぽと共に生きていかなければならないの?」

「その件に関しては、本当に申し訳ございません!! 解呪に関しては、こちらでも全力で協力させていただきます! ですが、もし……あなたが成人するまで解呪方法が見つからなかった場合は……この国の王太子として、私が責任を取らせていただきます」


 その瞬間、ミルフィアが体を強張らせる。

 しかしルビアナのほうは、なぜか瞳を輝かせた。


「そ、それは、もし成人するまでに呪いが解けなければ、イオニス殿下がわたくしを娶ってくれるということでしょうか!」

「はい……。そのお姿では嫁ぎ先を見つけることは難しいと思いますので。もちろん、あなたがそれを望めばですが……」

「ミ、ミルフィア様はどうなさいますの!?」

「彼女には……申し訳ないですが、こちらの有責として婚約破棄に応じていただきます。今回の件では、私は王太子として責任を取らなければならないので。長い間、王妃教育を受けてくれた彼女もそれは理解してくれるはずです」

「そ、そんな……」


 そう呟きながらルビアナは、ミルフィアに憐憫の眼差しを向けた。

 だが微かに口角が上がりそうになっており、内心ではその状況を喜んでいることをミルフィアは読み取ってしまう。

 その不快感から思わず目を伏せた。


「ミルフィア様……わたくしが呪いを受けてしまったばかりに……申し訳ございません」


 瞳から一筋の涙をこぼし、二人の仲を引き裂く罪悪感に駆られているように見えるルビアナだが……先ほどの口元の動きから彼女の心情を読み取ってしまったミルフィアには、嬉し涙にしか見えなかった。


「今の話も含め、後日父よりあなたのお父上との話し合いの場を設けさせていただきます。ですが、まずはあなたの安全確保が最優先です! さぁ、王女! すぐに帰国の準備を!」

「はい!」


 先ほどとは別人と思えるほど、急に帰国に対して前向きになったルビアナは、期待に胸を膨らませるように力強く返事をする。

 そして自身が連れてきた侍女と共に帰国準備のため退出しようとした。

 だが、扉に手をかけた瞬間くるりと振り返り、イオニスにある質問をする。


「あの……このような時に不謹慎な質問をしてしまいますが……今のわたくしの姿をイオニス殿下は、どう思われますか?」


 頬を僅かに染め、恥じらうように質問してきたルビアナにイオニスは、極上の笑みで返答する。


「まだ婚約者のいる身でこのようなことを口にするのは、最低だとは思いますが……ミフィに匹敵するほどの可愛らしさだと感じております」


 その言葉でルビアナの頬はさらに赤く染まり、瞳は希望に満ちたような輝きを見せる。

 そんな彼女は侍女に促され、慌ただしく退室していった。

 すると、室内は重苦しい沈黙に襲われる。

 だが、その重い空気は作りだした元凶でもあるイオニスによって、すぐに壊された。


「あー疲れたぁぁぁー! いくら演技とはいえ、緊迫した状況って神経がすり減る!」


 そう叫んだと同時に背後からミルフィアにガバリと抱きつく。


「で、殿下!?」

「ああ……ミフィの国宝級の感触の猫耳としっぽが消えてるぅー……」


 そして王妃と同じようなことを嘆きながら、頭部に頬ずりをしてきた。

 すると部屋の一番奥から盛大なため息が聞こえてきた。


「まったく! 昨日、大事な話があるからと相談に乗ってみれば、朝っぱらから、くだらない茶番につき合わせおって……」

「ですが、父上も王女と顔を合わせるたびに僕との婚約を打診されるとウンザリしていたではありませんか。とっとと彼女を自国につっ返せたのだから、むしろ褒めていただきたいです」

「お前は本当にいい性格をしているな……。誰に似た?」

「恐らく母上譲りかと」

「イオ!!」


 先ほどの緊迫感など嘘のように和やかな会話をはじめたロイヤルファミリーの様子にミルフィアが困惑する。


「あ、あの! このようにのん気に過ごされていてもよろしいのでしょうか。もし捕縛した魔術師が全員死んでしまったら、ルビアナ王女は元の姿に戻れず、我が国はその責に問われるのでは!?」

「あー、あれねー。大丈夫。その三人、ピンピンした状態でうちの地下牢に拘束されているから」

「えっ……?」


 どうやら先ほどの騎士との緊迫したやりとりも全て演技だったらしい。

 ミルフィアが騎士のほうに目をむけると、大変いい笑顔を返されてしまった。

 そんな婚約者の反応に満足しながら、イオニスが今回の流れについて説明しはじめた。


「実は昨日のお茶会でのやりとりは、ルビアナ王女が自ら呪いにかかるよう仕向けるためのものだったんだ」

「なっ……!」

「僕がミフィの猫耳としっぽを過剰に愛でれば、彼女は自分も同じ状態になれば愛されるって勘違いしそうだなーって。その場合、ミフィが呪われた状態だと勝てないから解呪してくれるかもって」

「そ、そこまで計算されてのあの行動だったのですか!?」

「まぁね。本当は君の猫耳しっぽが可愛かったから、もう少し堪能したかったんだけど……。ミフィ、思い詰めて婚約解消まで言いだすから……。早く対処しないといけないと思って、一番手っ取り早くて丸く収まる方法を実行してみた」

「殿下ぁ……」


 つい先ほどまでイオニスがルビアナと結婚してしまうかもと不安だったミルフィアは、一気に脱力してしまう。

 そんな彼女に背後から抱きついていた彼は、再び頭部に頬ずりしてきた。


「不安にさせて、ごめんね……。半日で今のやり取りを準備しなきゃいけなかったら、ミフィや母上には時間がなくて、この作戦のことを説明できなかったんだ……。まぁ、母上は最初の段階で僕がなにをやろうとしていたか、大方察していたみたいだけれど」

「いえ……。こちらこそ、解呪にご尽力いただき、ありがとうございます」

「どういたしまして。でも……本当はもうしばらく解呪したくなかったなぁー」

「殿下?」

「猫耳ミフィの姿と国宝級の感触が恋しすぎる……」


 婚約者の猫耳しっぽ姿に未だに未練たらたらな王太子の言葉は、その場にいた全員を苦笑させた。



 ◆◆◆



 それから一週間後。

 エルグレート王家に一通の謝罪の手紙が届く。


 差出人はルビアナの父である隣国の国王で、内容は『娘が大変迷惑をかけた』という謝罪文がつらつらと書かれていたそうだ。


 同時に次期王太子妃に対して危害を加えたことへの責任を取りたいとも書かれており、一カ月後に優秀な魔術師を何人か長期間、無償で貸し出してくれるそうだ。

 エルグレート国は田畑ばかりののんびりした国なので、実際にその魔術師たちが活躍する機会は少ないが、それでも今回のようなことが起こらないとは言い切れない。

 田畑を荒らす害獣や害虫駆除にも魔術師は貴重なので、イオニスの父はありがたくその申し出を受けるそうだ。


 ちなみに今回の騒動の元凶でもあるルビアナだが……。

 猫耳しっぽ姿で嬉々として帰国するも、予めエルグレート国王からの手紙で詳細を把握していた父王に激怒され、現在自室で謹慎処分を受けているらしい。


 一応、呪いをかけた魔術師三名は早々に隣国に引き渡してはいるのだが、ルビアナの父は敢えてそれを娘には伝えず、一生猫耳しっぽかもしれないという不安を与えることで、ミルフィアに対して行ったことへの反省を促しているらしい。

 同時に次期王太子妃であるミルフィアに呪術をかけた罪も責め、イオニスとの結婚はないと現実を突きつけたそうだ。


 一生、猫耳としっぽのある姿で生きていかなければならない不安と、完膚なきまでの失恋のショックで、現在のルビアナは毎日泣き暮らしているらしいが……。

 イオニス曰く「あれだけ相手の迷惑も考えないで、平然と婚約者持ちの男性に過剰アプローチできる女性なんだから、また恋に落ちたらすぐに立ち直るよ」と、軽く扱われている。


 だが、彼女が帰国したことでエルグレート城に平穏な日々が戻ってきた。

 イオニスの父である国王は「やっと婚約打診地獄から解放された!」と、晴れ晴れした気分で新種の野菜改良に励み、王妃は「もう頭のゆるい第二王女様の相手をしなくてもいいのね! なんて素晴らしいの!」と、薔薇栽培に精を出している。


 今回一番被害を受けていたイオニスも「これでもう社交時にミフィ以外の女性と踊らないで済む!」と、やっと重荷から解放されたと喜んでいた。

 だが、そんな彼は今回の件である口癖を零すようになる。


「ミフィの国宝級の猫耳感触が忘れられない……。ものすごく恋しい……」


 そう嘆いては、頻繁に頭部に頬ずりしてくるようになってしまった。

 それはイオニスだけでなく、王妃オリエッタも同じで……。


 そんな彼らは、ミルフィアが正式にエルグレード王家の一員になると、今回ルビアナに雇われた魔術師を城に招き、イオニス専属の護衛魔術師として採用したそうだ。


お読みいただき、ありがとうございます!(^o^)

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― 新着の感想 ―
猫耳と尻尾・・・なぜ、その組合せの呪いにしてしまったのか。 鶏冠と嘴にすれば願いが叶ったかもしれないのに。
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