『親友が多すぎる件』
この物語には、主人公がいません。
少なくとも、物語の中心に立って、自分のことを語る人はいません。
ここにあるのは、
ある一人の人間についての、断片的な記憶だけです。
誰かにとっては、ただの知人。
誰かにとっては、少し気になる人。
そして、誰かにとっては、親友だったと思っている人。
人は、同じ時間を生きていても、
同じ思い出を持つことはありません。
それでも、
似た温度の記憶が重なるとき、
一人の輪郭が、静かに浮かび上がることがあります。
これは、
誰かを特別な存在として描く物語ではなく、
誰かの人生の隣にいた時間を、
少しずつ拾い集めていく物語です。
① 高校の同級生・男
親友、って言っていいと思うんですよ。
いや、笑われるのは分かってるんですけどね。あいつ、誰とでも普通に話すタイプだったし、特別扱いとか、たぶんしてない。でも、俺にとっては、親友でした。
同じクラスになったこと、一回もないんです。
廊下で会うくらい。朝の挨拶とか、そんな程度。
でも、あいつ、変に人の顔覚えてるやつで。
俺が寝不足の顔してると、必ず言うんです。
「今日、目の下ひどいな」
それだけ。
心配とかじゃない。笑うわけでもない。ただ事実を言う感じ。
家のこと、あんまり上手くいってなかったんですよ。
誰にも言ってなかったです。言うと面倒くさくなるから。
でも、あいつにだけは、なんとなく隠せなかった。
ある日、昼休みに購買の前で立ってたら、
「パン、いる?」って袋を渡されて。
別に俺、何も言ってないんですよ。金も払ってない。
「余っただけ」って言ってましたけど、
あれ、絶対嘘だと思うんです。
でも、問い詰めるほどのことでもないし。
そういう距離でした。
卒業してからは、ほとんど会ってないです。
連絡先も知らない。
なのに、訃報を聞いたとき、
胸の中にぽっかり穴が空いたんです。
理由、説明できないんですけど。
だから、親友だったと思ってます。
⸻
② 大学のサークル仲間・女
私、友達少ないんですよ。
だから、勝手に親友だと思ってたのかもしれない。
あの人、相談ってしない人でしたよね。
聞く側。いつも。
私が失恋して、サークルにも行けなくなった時期があって。
ある日、部室の隅に座ってたら、あの人が来て、隣に座ったんです。
何も言わないんですよ。
「大丈夫?」も、「元気出して」もない。
ただ、飲みかけのペットボトルを差し出してきて、
「喉乾くと余計落ちるよ」って。
それだけ。
変な人だなって思った。
でも、帰る頃には、少しだけ呼吸が楽になってました。
私、あの人の恋愛の話、何も知らないんです。
家族の話も、仕事の夢も。
なのに、親友って言っていいのかなって、今でも思う。
でも、
落ちてるときに隣にいた人って、
もう、それで十分じゃないですか。
だから、親友だったと思ってます。
⸻
③ 職場の同期・男
仕事では、正直、そんなに絡んでないです。
部署も違ったし、プロジェクトも別。
ただ、帰りのエレベーターが一緒になることが多くて。
で、降りたあと、コンビニ寄るんですよ、いつも。
「今日、長かったな」
って言いながら。
それ以上の話、しないんです。
俺、その頃、辞めようと思ってて。
誰にも言ってなかったです。言ったら止められるから。
ある日、会社の裏口で座ってたら、
あいつが来て、「煙草吸わないの?」って聞いてきた。
吸わないって言ったら、
「じゃあ、ただ休もう」って。
十分くらい、何も話さなかった。
その日、辞表出すつもりだったんですけど、
出さなかった。
あいつ、理由聞かなかったな。
親友、って言うと大げさかもしれないですけど、
少なくとも、あの頃の俺にとっては、そうでした。
⸻
④ 近所の飲み屋の常連・女
年、だいぶ違うのよ。
だから友達って感じじゃないんだけどね。
でも、あの人、変なタイミングで来るの。
私が一人で飲んでる日に限って。
別に隣に座るわけでもないし、
話しかけてくるわけでもない。
ただ、帰る頃になると、
「もう帰るんですか」って言う。
敬語なのよ、ずっと。
でね、ある日、私が泣いてたの。
家のことでちょっとあって。
何も聞かなかった。
ティッシュも出さない。
ただ、
「雨、強いから足元気をつけて」って。
それだけ言って帰った。
冷たい人だなって思ったけど、
あの日、変に優しくされたら、
たぶん店出られなかったと思う。
だからね、
親友って言葉、似合わないかもしれないけど。
私にとっては、
親友だったと思ってる。
⸻
こうして話を聞くたび、
同じ言葉が出てくる。
——親友だった。
誰にでもそうだったのか。
それとも、みんなが勘違いしているのか。
まだ分からない。
ただ、
誰かの人生の、
少し沈む場所に、
必ずあいつがいたことだけは、
同じだった。
⑤ 中学の後輩・男
先輩っていうより、
近所のお兄ちゃんって感じでした。
部活の帰り道、よく一緒になって。
俺、体力なくて、すぐ遅れるんですよ。
あの人、先に行けばいいのに、
いつも歩く速度を落とすんです。
でも、「待ってる」って顔はしない。
ただ、ゆっくり歩いてるだけ。
俺が謝ると、
「俺も疲れてるから」って。
たぶん、嘘だったと思います。
先輩、無口でしたよ。
あんまり喋らない人でした。
だから、こうやって“親友”って言うと、
変に思われるかもしれないですけど。
でも、
中学の頃の俺にとっては、
あの人が一番、近かった。
⸻
⑥ 大学のゼミ仲間・男
いや、無口じゃなかったでしょ。
めちゃくちゃ喋る人でしたよ。
議論になると止まらなくて、
周りが疲れるタイプ。
でも、否定はしないんですよね。
意見は言うけど、
相手を折ろうとはしない。
俺、論文で詰まってたとき、
深夜に電話したんです。
「ごめん、今大丈夫?」って聞いたら、
「大丈夫じゃないけど出た」って。
その一言で、笑ってしまって。
結局、答えはもらってないんです。
ただ、二時間くらい雑談して終わり。
でも、翌日、少し書けた。
だから、親友だったと思ってます。
⸻
⑦ 元アルバイト仲間・女
冷たい人だった、って印象のほうが強いかな。
私、あの頃、かなり荒れてて。
遅刻も多かったし、
シフトもよく飛ばしてた。
普通なら怒るでしょ。
でも、あの人、何も言わないんです。
ある日、店長に怒鳴られて、
裏口で泣いてたら、
コーヒー置いて去ってった。
「甘いの飲めないでしょ」って。
それ、優しさだったのか、
ただの気遣いだったのか、
今でも分からない。
でも、
あの時、誰よりも近くにいたのは、
あの人だった。
⸻
⑧ 幼なじみ・男
いや、親友っていうか、
ただの腐れ縁ですよ。
子どもの頃から一緒で、
喧嘩もしたし、
何年も連絡取らない時期もあった。
でも、久しぶりに会うと、
時間が戻る感じがして。
あいつ、昔から変わってなかったな。
ただ、
俺が一番しんどかった時期、
何も言わずに家に来て、
ゲーム置いて帰ったことがあって。
あれ、
たぶん、慰めだったんでしょうね。
俺ら、
そういうこと、言葉にしないんで。
親友って言葉、照れくさいですけど、
まあ、そうだったんじゃないですか。
⸻
⑨ 元恋人・女
……親友、ではなかったと思います。
付き合ってたし、
恋人だった時間のほうが長い。
でもね、
別れてからのほうが、
あの人のこと、分かった気がする。
私、すごく感情的で。
よくぶつかってたんです。
あの人、怒らないんですよ。
ただ、黙る。
その沈黙が、
当時は嫌だった。
でも今思うと、
あれ以上言ったら、
たぶん、私が壊れてた。
だから、
恋人じゃなくなってから、
親友みたいだった気がします。
⸻
⑩ 同じアパートの住人・男
話したこと、ほとんどないです。
でも、
階段で会うと、必ず会釈する人で。
ある日、俺、酔って転んだんですよ。
覚えてないんですけど、
翌朝、ドアの前に絆創膏と水が置いてあって。
管理人さんかと思ったら、
違って。
あの人だったって、後から聞きました。
それだけ。
それだけなんですけど、
ああいうのって、
誰でもできることじゃないと思う。
だから、
親友って言うのは変かもしれないけど、
……まあ、近い人でした。
⸻
証言は、少しずつ食い違う。
無口だったと言う人もいれば、
よく喋る人だったと言う人もいる。
優しかったと言う人もいれば、
冷たかったと言う人もいる。
でも、
全員が、
同じ場所に立っている。
——しんどかった時期。
——一人になりかけた瞬間。
その場面にだけ、
あいつがいる。
誰か一人の人生じゃない。
たくさんの人生の、
少し沈む場所に。
⑪ 専門学校のクラスメイト・女
私、学校辞めようとしてたんです。
理由、いろいろあったんですけど、
まあ、一番は、自信がなくなったことかな。
周り、みんな上手くて。
自分だけ置いていかれてる気がして。
帰りのバス停で、
ずっと携帯見てたら、
横にあの人が立ってて。
「次、来るよ」って言われたんです。
バスの話じゃないって、
なんとなく分かりました。
それ以上、何も言わなかった。
その日、退学届、出しませんでした。
だから、親友だったと思ってます。
⸻
⑫ 元同僚・年上の男
年下でしたよね、あの人。
でも、妙に落ち着いてて。
俺、離婚した直後で、
仕事も上手くいってなくて、
正直、かなり荒れてたんです。
会社の屋上で煙草吸ってたら、
あの人が来て。
「寒いですね」って。
冬でもないのに。
意味分からないでしょ。
でも、
その一言で、
なんか、怒りが抜けたんですよ。
説教されなかったのが、
ありがたかった。
だから、親友って言葉、
年齢差あっても、
使っていいんじゃないかと思ってます。
⸻
⑬ 小学校時代の友達・女
あの子、昔から変わってないよ。
目立たないけど、
気づく人だった。
私、いじめられてた時期があって。
誰も直接助けてくれなかった。
でも、あの子だけ、
掃除の時間、必ず同じ場所にいた。
何もしない。
先生にも言わない。
ただ、隣で雑巾絞ってる。
それだけで、
一人じゃない気がした。
大人になってから再会したとき、
その話、しようと思ったんだけど。
言わなくていいかなって、
なんとなく思って。
あの子、覚えてない気がしたから。
⸻
⑭ ネットゲーム仲間・男
リアルで会ったの、一回だけなんですよ。
でも、
毎晩ログインしてて。
俺、あの頃、引きこもってて、
人と話すの、ゲームの中だけだった。
あいつ、強いわけでもないのに、
同じクエスト、何回も付き合ってくれて。
「暇だから」って言ってたけど、
たぶん違う。
チャットも、短文ばっかり。
「大丈夫?」とか言わない。
でも、
ログインしてると、
安心したんですよ。
ゲームのフレンドに
親友って言葉、変かもしれないですけど。
俺にとっては、
そうでした。
⸻
⑮ 元バイト先の店長・女
あの子、面接のときから
ちょっと変だったのよ。
志望動機も曖昧で、
「近いから」って。
でも、遅刻も欠勤もほとんどなくて、
目立たないけど、
誰かがミスすると、さっとフォローしてた。
ある子が泣きながら辞めるって言ったとき、
私は説得しようとして、
逆にこじらせちゃって。
そのあと、
あの子が外で話してたのよね。
何を言ったのか、知らない。
でも、その子、翌日も来た。
報告もしないし、
自分の手柄にもしない。
そういうところ、
少し腹が立つくらいだった。
でも、
人のそばにいる才能って、
あるんだなって思った。
⸻
⑯ 同級生の母親・女
息子がね、
学校に行けなくなった時期があって。
誰とも会わなくなって、
部屋に閉じこもってた。
ある日、
玄関の前に靴があって。
あの子だったの。
何時間いたのか分からない。
息子は部屋から出てこなかったし、
会話もしてないと思う。
でも、帰ったあと、
久しぶりにリビングに降りてきたのよ。
「今日は、ちょっとだけ大丈夫」って。
母親として、
何度もお礼言おうと思ったけど、
結局言えなかった。
あの子、
そういうの、望まない気がして。
⸻
話を重ねるほど、
共通点が浮かび上がる。
助けた、とは誰も言わない。
救われた、とも、はっきり言わない。
ただ、
沈みかけたとき、
そこにいた。
何も変えないまま、
少しだけ、
一人じゃない時間をつくっていた。
⑰ 大学時代のルームメイト・男
親友、って言葉、
あいつは絶対使わなかったと思います。
俺たち、同じ部屋に二年くらい住んでたんですよ。
だから、まあ、誰よりも近くにいたはずなんですけど。
あいつ、自分の話、ほとんどしないんですよね。
今日あった出来事とか、
愚痴とか、
普通なら少しくらい漏れるじゃないですか。
それが、ない。
でも、人の話は聞く。
聞くけど、まとめない。
答えも出さない。
最初は、距離置かれてるのかなって思ってました。
でも、
ある日、俺が大失敗して、
夜中に帰ってきたとき、
あいつ、起きてて。
「風呂、先に入る?」って聞いてきたんです。
それだけ。
その一言で、
ああ、ここに帰ってきていいんだなって思った。
でも、
俺は、あいつの帰る場所には
なれてなかった気がします。
⸻
⑱ 会社の後輩・女
正直、
最初は苦手でした。
優しいのか冷たいのか、
分からない人だったから。
私、すぐ相談するタイプで、
あの人にも何度か話しかけたんですけど。
「どう思います?」って聞くと、
「どうしたいんですか」って返される。
最初は突き放された気がしました。
でも、
あとから気づいたんです。
あの人、
自分の答えを押しつけないんですよね。
私が決めたことには、
最後まで文句言わなかった。
だから、
たぶん、
親友っていうより、
……自分で立たせてくれる人、だったのかもしれない。
⸻
ここまで話を聞いて、
少しだけ分かってきたことがある。
誰かにとっては、無口な人。
誰かにとっては、よく喋る人。
優しいと言う人もいれば、
冷たいと言う人もいる。
それは、
あいつが変わっていたんじゃなくて、
相手の距離に合わせていただけなのかもしれない。
でも、
どの証言にも、
同じ空白がある。
——あいつ自身の話が、ほとんどない。
好きだったもの。
嫌いだったもの。
怖かったこと。
救われたこと。
誰も、知らない。
親友だと思っていた人たちが、
みんな、少しずつ気づき始めている。
——あの人のこと、
本当は、何も知らなかったんじゃないか。
⑲ 幼なじみの姉・女
あの子のこと、
小さい頃から知ってます。
弟の友達だったから、
うちにもよく来てたし。
昔から、
自分の話をしない子でしたね。
笑うときも、
声を出さないで、
少しだけ口元が上がるだけ。
でも、
人が泣いてるときは、
いつも近くにいた。
弟がね、
大きな怪我をしたことがあって。
家族がバタバタしてる中、
あの子だけ、
玄関の端に座ってたの。
何も手伝わないし、
何も聞かない。
でも、
あの子がいるだけで、
なぜか、部屋の空気が落ち着いてた。
お礼を言ったこと、なかったな。
言おうと思えば言えたのに。
親友だったかどうかは、
本人にしか分からないけど。
でも、
たくさんの人にとって、
“そう思わせる人”だったのは、
確かだと思います。
⸻
⑳ 中学時代の友人・男
……親友、だったと思ってるの、
たぶん俺だけじゃないんですよね。
葬儀の日、
久しぶりに集まった人たち、
みんな同じ顔してて。
近かったような、
でも、全部は知らないような。
俺、あいつに一回だけ、
聞いたことあるんです。
「なんでそんなに人の話聞くの?」って。
そしたら、
少し考えてから、
こう言った。
「聞いてると、
その人が一人じゃなくなる気がするから」
それだけ。
俺、
その言葉、ずっと覚えてるんですけど、
たぶん、他の人には言ってないと思う。
……あいつ、
親友になろうとしてたんじゃないんですよね。
ただ、
誰かが一人になる瞬間を、
減らしたかっただけなんじゃないかな。
だから、
みんな、自分が親友だったって思うんだと思う。
順番も、
優先も、
なかったから。
⸻
話は、ここで終わる。
誰も、
あいつの全部を知らないまま。
でも、
それでいいのかもしれない。
親友という言葉は、
距離を測るためのものじゃなくて、
あとから、
自分の時間を振り返るための言葉なのかもしれない。
たくさんの人が、
同じように言う。
——親友だったと思ってる。
それが事実かどうかは、
もう確かめようがない。
ただ、
誰かの人生の、
少し沈みかけた場所に、
あいつが立っていたという話だけが、
静かに残っている。
親友は、
選ばれるものじゃない。
そう思わせないまま、
そばにいた人のことを、
たぶん、
そう呼ぶのだと思う。
「親友」という言葉は、
少し強すぎる言葉かもしれません。
本当に親友だったのか、
それとも、そう思いたかっただけなのか。
人は、あとになってからしか、
関係の名前を決められないことがあります。
この物語では、
誰も真実を語っていません。
ただ、自分の見ていた時間を、
それぞれの言葉で話しているだけです。
人の記憶は、きっと不正確で、
少しだけ都合よくできています。
けれど、その不確かさの中にこそ、
その人にとっての本当があるのだと思います。
もし読み終えたあと、
ふと、昔の友達の顔が浮かんだなら。
あるいは、名前をつけていなかった関係を、
そっと思い出したなら。
それだけで、この物語は、
あなたの中で完成したのかもしれません。




