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漢字魔法のライトな殺し屋

作者: ful-fil
掲載日:2026/02/02

 その女の指は白く、瞳はどこまでも青かった。

 前金の入った封筒をテーブルに乗せて、彼女は用件を切り出した。


「あなたにお仕事を依頼したいのです」

「俺の仕事が何か、知っててそう言うのか?」

「ええ。特別な相手に特別なメッセージを届けてくれる、不思議な郵便屋さん」

「届けるのはカード一枚だ。長い恨み言は書けない。届けても気が晴れるとは限らない。それでも?」

「それでも、です。このままでは私は前に進めない。必要なのです。私の人生を生き直すために」


 青い瞳が俺の顔を映す。

 凍りついた鏡のように。


「届けてください、私からのメッセージを」

「相手は誰だ?」


 彼女は上流社会では有名な青年貴族の名前を告げた。


「浮気の末に、私との婚約を破棄した人です。家同士の契約を踏みにじり、私の名誉を傷つけるだけ傷つけて」

「カードには何て書けばいい?」

「……抹殺、と」







 郵便配達人ポストマン

 それが俺の通り名だ。

 自分で名乗った覚えはないが、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。

 ふざけた名前だが、魔法の文字を書き込んだカードを投げつけるという手口を使うところから、その名が付いたらしい。

 俺はカードを使うが、それはハガキよりも小さい名刺大の紙切れで、魔法が発動したらカードは消える。

 紙切れ一枚で男女がくっついたり別れたりする世の中だ。

 捨てられた女が捨てた男に紙切れ一枚で復讐したっていいんじゃないか。

 少なくとも彼女には俺を雇うだけの金があった。

 それは幸運なことだ。

 俺が受けた以上、依頼は必ず完遂されるのだから。

 

 俺が依頼を引き受けたことは既にターゲットに知られているらしい。

 驚くことではない。

 俺のような存在はこの世界では珍しくない。

 貴族や金持ち連中は俺たちを雇い、敵対者に送りつけたり、逆に自分の身を守らせたりする。

 俺は守る側で雇われることはない。

 攻撃専門だ。

 ターゲットがどこに隠れようと必ず見つけ出し、文字魔法を仕込んだカードで仕留める。

 それが俺、文字魔法の殺し屋、ポストマンだ。


 今回のターゲットは別邸に閉じこもっているらしい。

 高級リゾート地の隠れ家的な別邸。

 林に囲まれて人目につかないから都合がいい。

 お貴族様の私有地からちょっと離れた所で、俺は懐からカードを取り出した。

 愛用の油性ペンでちょいちょいと文字を書き込む。


『偵察』


 カードは音もなく舞い上がった。

 白いカードがひらひら飛んでいると、遠目にはモンシロチョウに見えないこともない。

 上空から別邸を見下ろして情報を俺に送ってくる。

 ターゲットは家の奥、護衛らしき男が家の外に3人、家の中にもう1人、他にはメイドだろうか、女が2人だ。

 大体の配置はわかった。

 俺は偵察を終了する。

 飛んでいたカードは煙のように消えた。

 偵察にはあまり時間をかけるわけにはいかない。

 偵察の『察』の字は俺にとってはオプションなのだから。





『瞬殺』


 家の外にいた護衛が一人、一瞬で吹き飛んだ。


『秒殺』


 もう一人の護衛が、一秒で吹き飛んだ。


 どちらもピクリとも動かない。

 死んでいるわけではない。

 俺の文字魔法では人は死なない。

 基本的には12時間ほど昏睡状態になるだけだ。

 12時間経てば目が覚めて、副作用も残らない。

 一般的な二字熟語を用いた場合の話だが。

 文字数を増やすともう少し複雑な効果を発揮することもできる。


 少し進むと、三人目の護衛の男が立ちはだかった。


「ポストマンだな。ここは通さん。見よ、これが俺の『タワーディフェンス』だ!」


 男が何やらグググ……と全身に力を込めると、地面から塔がにょきにょきと生えてきた。

 周囲の地面にも何か戦術シミュレーションゲームのユニットのようなものが出現する。


「タワーがある限り俺は無敵! そして俺がいる限りタワーも無敵!」

『殺風景』


 俺がカードを投げると、あっという間にタワーもユニットも砂と化して消えた。

 ついでに植木や置物も消えて、後には味気もそっけもない剥き出しの地面が残るのみ。


「な、何故、俺のタワーが!」

『撲殺』


 カードが命中。

 男は吹っ飛ばされ、昏睡した。

 俺は倒れた男の横を悠々と歩いて別邸の中へ足を踏み入れた。




 玄関ホールに金髪の巨漢が待ち構えていた。

 こいつが護衛の主力だろう。

 巨漢は威圧的な笑みを浮かべて話しかけてきた。


「郵便屋の能力は知っている。文字魔法の使い手だそうだな。生まれてくる前に愛想のない天使に会ったか?」

「なぜそれを」

「俺も転生者だからな」


 転生者……。

 その言葉が鍵になったかのように、俺の脳裏に一つの場面が想起された。








 それは広い広い雲の上の天国みたいな所だった。

 本当に天国だったのかもしれないが、俺は『総合病院か市役所のロビーみたいだな』と思っていた。

 なぜなら、地平線(雲だから雲の稜線か?)まで続くかと思われるほど長い受付カウンターがあり、無数の椅子(背もたれのあるソファ型もあれば、ベンチ型もある)に数えきれないほどの人間(肉体無し。魂だけ)が座って順番を待っていたからである。

 俺もおとなしく番号の書かれた整理券を受け取って順番を待っていた。

 やがて番号が呼ばれて、俺は『転生⑬』と書かれた受付窓口に向かった。

 カウンターでは無表情な天使が事務的な態度でパソコンを操作していた。


「異世界への転生をご希望ですね」

「はい、魔法のある世界へ行きたいです。それと噂で聞く転生特典ってありますか?」

「転生特典ですね。生前に積んだ徳の残高に応じてゲットできます。特典を得ると代わりに徳が減ります。減った徳は生存中に善行を積み重ねることでしか手に入りませんので、徳の消費には慎重になることをお勧めします」

「私の徳はどのくらい貯まっていますか?」

「一般的な特典を一つか二つと交換できるくらいですね」

「文字魔法ってもらえますか?」

「いわゆる魔力を込めた文字を物品に書き記して、書いた内容を現実化させる魔法、という意味合いでよろしいですか?」

「はい、その文字魔法です」

「残念ですが残高が足りません」

「なんとかなりませんか」

「足らないものは足らないので」

「そこをなんとか。もう文字魔法をゲットする気になってるんです。カレーが食べたいとカレーの口になるって言うじゃないですか。あんな感じで文字魔法の口になっちゃってるんです。他の魔法じゃ満足できないんです。文字魔法が欲しいんです。文字魔法をください」

「思い込みの激しい魂ですね……。ええと、こういう場合は」


 天使は難しい顔をしながらパソコンになにやら入力した。


「……お待たせしました。文字魔法ですが、制限を加えれば必要な徳を節約することができます。かなり厳しい制約をつけて、性能も一段落とすことになりますが」

「どんな制約でしょうか。大抵の事なら妥協します。安く買えるなら中古品でもかまいません」

「本当に変わった魂ですね。魔法に中古なんかありません。詳細を説明しますね。これを聞いて諦めてくれるといいのですが」


 天使と俺は細かく話し合った。

 最終的に俺は文字魔法をゲットすることを望んだ。

 天使は渋い顔をしながら了承した。


「ではあなたが実装できるようにグレードを落として、各種制限を付けた文字魔法を授けます。今お持ちの徳で取得できて、少しだけ余りが出ます。具体的には次のような内容です」


〇発動方法

1・発動させたい内容を自分の手で書く。

2・書いた文字を自分で読む。

3・文字を書き込んだ物体を投げる。目標物に当たれば魔法が発動する。この時、自分の魔力を一定量消費する。

〇グレードダウン

通常の文字魔法よりも弱い威力で発動する。

〇発動制限

漢字以外の文字だと発動しない。

意味のない文字列だと発動しない。

字が間違っていたり、読めないほどに形が崩れていると発動しない。

通字を用いないと発動しない。

……。

……。

(その他、細則多数)


「通字って何ですか?」

「『つうじ』または『とおりじ』と読みます。特定の文字を必ず入れるということです。徳川将軍が名前に家の字を共通して使っていますね。それと同じようなものです。転生特典を取得する時に、この通字を一文字決めていただきます。その文字を含む漢字で書かれた言葉だけを現実化することができます」

「それだと使える言葉の範囲がかなり狭くなるのでは」

「だからお安くゲットできるんです。不便だとお考えなら、徳の余りの範囲でオプションをつけることもできます」

「オプション……それはどのような」

「特定の文字を通字として用いるのはそのままですが、オプションとして通字と同じ音読みをする文字も使用可能となります。通字ほどの威力は出ませんが。たとえるならメインウェポンの他にサブウェポンを装備できるということです」

「同じ音読みの別の文字……韻を踏むような感じですか」

「そんな感じです」

「わかりました。オプション付きの通字でお願いします」

「通字はどの漢字になさいますか?」

「殺人の『殺』でお願いします」


 こうして俺は『殺』を通字として設定、漢字魔法を実装して転生した。






 一瞬の回想から我に返ると、目の前では金髪の巨漢が戦闘態勢に入ろうとしていた。

 巨漢が上着を脱ぎ捨てると、筋骨隆々たる肉体が露になり、手には俺と同じく油性ペンと名刺大の紙のカードが……。


「俺の転生特典はコピー能力だ。どんなチート能力でもコピーできる。この能力であらゆる転生チート野郎を仕留めてきた。『筋力ほぼ二倍』も『大体防御』も俺の前には無力!」


 その言葉の一部が気になった。

 『ほぼ二倍』とか『大体』などチートとしては弱いのでは。

 もしかして皆、希望した転生特典に支払う徳が微妙に足りなかった……?


「おまえ自身の能力で沈むがいい! くらえ!」


 巨漢がカードに文字を書いて投げつけてくる。

 が、不発。


「なぜ!?」


 見るとカードに書かれた文字が「Suicide」。

 次々投げてくるのが「Sudden death」「Elimination」「Execution」「Terminate」「Finish him」など、ことごとく英語。


「なぜだ、なぜ発動しない!?」


俺は黙って自分のカードを放つ。


『封殺』


 倒れる巨漢。

 コピー能力で生成されたのだろう、巨漢の手にある油性ペンと紙のカードがサラサラと崩れて消える。


「……前世英語圏の人間だったか。せめて中国語圏から転生してくるべきだったな」








 巨漢を倒した後、俺は建物の奥へと進んでいた。

 『封殺』のカードを使ったので、奴のコピー能力は一時的に封印された。

 まあ12時間経たないと目が覚めないので、能力封じはあまり意味がないが。


 ターゲットが待つ部屋のドアを開ける。

 そこは趣味のいい内装で統一された書斎だった。

 壁の棚にはハードカバーの本の列、観賞用の陶磁器や彫像。

 高級そうなカーペットにライトスタンドが柔らかな光を落としている。

 ターゲットは顔立ちの整った貴族的な青年。

 デスクに向かい腰を下ろしている。


「殺し屋め。入ってくるな。そこから一歩でも入ってくれば……」


 かまわず部屋に足を踏み入れる。

 すると頭上から大量の液体が降ってきた。

 バケツ一杯分くらいの黒い色水が。


 罠が仕掛けてあったようだ。

 哄笑するターゲット。


「だから入るなと言っただろう。君の能力は知ってるよ。文字魔法を使うんだって? 残念だったね。そんなに汚れてしまったら、せっかく書いた文字も読めないんじゃないかな。ああ、安心してくれ。水性塗料を水で溶かしたものだから、洗えば落ちるよ」


 俺が手に持っていたカードは紙製。

 濡れたら役に立たない。


「取り押さえろ」


 ターゲットの合図で、隠れていた手下が左右から俺に襲い掛かる。

 二人ともメイド服を着た若い女だ。

 片方は白、片方は黒のメイド服。

 戦闘メイドというものだろうか、動きが鋭い。

 俺は懐に隠していた予備のカードを投げる。


『爆殺』

『殴殺』


 カードを投げつけられたメイドたちはふらつくが、昏倒するに至らない。

 色水で汚れた手でカードを使ったため、文字がかすれて効果が不完全なのだ。


「ちっ!」


 思わず舌打ちが出る。

 微弱な効果でも使うしかない。

 俺の武器はこれしかないのだから。


『轢殺』

『扼殺』


 投げたカードは当たって発動すると消滅する。

 当たれば相手は一瞬、動きを止める。

 車に跳ねられたかのようにノックバックしたり、首を絞められたかのように喉を押さえたり。


『毒殺』

『謀殺』


 だが時間が経てば再び動き出す。

 汚れて弱体化したカードでは牽制にしかならない。 


「往生際が悪いな。いい加減諦めたらどうだ? そろそろネタ切れなんじゃないか?」


 俺は部屋の隅に追い詰められた。

 いや、追い詰められたと見せかけて待っていた。

 ターゲットの手下二人がちょうどいい位置に来るのを。

 俺は切り札を取り出す。

 紙ではない、汚れをはじく金属プレートに書かれた文字を。


『併殺』


「何っ!?」


 ターゲットが驚愕に目を見開く。

 二人同時に昏倒するメイドたち。


 万が一に備えて水や汚れに強いカードを作っておいてよかった。

 製作費は高くついたが。


 漢字魔法をくらった手下は昏睡状態、12時間は目を覚まさないだろう。

 ターゲットは椅子から腰を浮かせ、慌てふためいている。


「ま、待て! 依頼料の倍額を払う! 即金でだ!」


 俺が耳を貸すはずもない。

 俺は袖口から愛用の油性ペンを取り出した。

 そこらへんにある本を一冊抜き出して表紙に文字を書く。


『社会的抹殺』


「よせ、やめろ! うわあぁーっ!」


 逃げ出そうとするターゲットの背中に本を投げつける。

 俺の魔法が発動、ターゲットはその場に崩れ落ちた。







 スローな音楽が流れるカフェで、依頼人が静かに座っている。

 ターゲットはビジネスに失敗、評判を落とし、浮気相手にも捨てられ、社交界から姿を消したという。

 制限に制限を重ねた結果、俺の転生特典では人が死なない代わりに、精神的あるいは社会的なダメージをもたらす。

 転生後に『必殺』と書いても相手が死なないと知った時には愕然としたが、今は有効活用できている。

 殺さない殺し屋、精神的な死を届けるポストマンとして。


「気が済んだとは言えませんけど、溜飲は下がりました。貴方にはお礼を述べなくてはなりませんね」

「これは仕事だ」

「仕事……そうですね。貴方にとってはただのビジネス。一回きりの請負仕事にすぎないのですね」


 彼女にとっては一生の傷。

 殺し屋にとっては単なるビジネス。


 残りの報酬を受け取り、俺は去っていく。

 ドアベルがカランカランと乾いた音を立てる。

 青い瞳の女は一人、席に座ったまま、冷めていくコーヒーを見つめていた。

 いつまでも……。




<完>

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― 新着の感想 ―
縛りの多い能力だけど、最後の必殺技が何気に最強! これはもう、完全犯罪じゃないでしょうか。 この技多用したら自分の「徳」が減りそうだけど、そこは大丈夫なんだろうか。 そして、依頼主……。女の執念がこ…
面白かったです。 「殺」を使った熟語、こうしてみると沢山ありますね。殺伐とならないライトな殺し屋で楽しかったです。 個人的には「殺風景」と「併殺」がナイスでした。
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