最終話 神になる男
膨大な量の宇宙の知識が、世右の脳内になだれ込む。
「宇宙の知恵が……力が、わしに入ってくる。神になる時がきたのだ!」
サトルたちも黒服も、茫然として、輝く世右を見つめていた。
世右は、光の中で恍惚の表情を浮かべている。ふと、表情が曇った。
「ま、待て、多すぎる。……待てと言うに!」
サトルたちは、顔を見合わせた。
「やつの様子が変だ!」
世右が、両手で頭を抱える。左手にあったサトルの父の首が、地面に落ちた。世右のこめかみには血管が浮かび、頭を掻きむしる
「見える……見えるぞ! 宇宙の終焉が……。ア、アーーッ!」
天を仰いだ世右の両目から、光が発射された。目だけでなく、両耳、鼻、口、7つの穴すべてからだ。
「まずい。2人とも、伏せろ!」
古戸が、サトルとマキに覆いかぶさった。
世右は悶え続ける。身体が震え、言葉を発することもできない。
世右の傍らに転がる、サトルの父の首。
その目が、かっと見開かれた。
すさまじい光を発して、世右の頭部が爆発した。そばの黒服が、爆風に吹き飛ばされた。
────
「う……む」
古戸が、ゆっくりと起き上がり、サトルとマキも続いた。
「うう……。や、やつはどうなったの?」
「あれは……!」
3人が見たものは、立ち尽くす世右の姿だった。
世右の身体は、灰になっていた。
風が吹くと、身体はバラバラに飛び散り、キトンだけがばさり、と音を立てて地面に落ちた。
「……兄さん」
古戸は、風を見つめていた。
世右のキトンのそばには、サトルの父の首があった。同じように、灰になっている。
サトルは、駆け寄ってしゃがみ込み、両手で父を持ち上げた。息子の手の中で、灰になった父の顔は崩れ、風が吹くと、粉々になって消えてしまった。
サトルは、何もなくなった手の中を見つめ、そのまま両手を組んだ。
「……父さん」
サトルの後ろに駆け寄ったマキが、何か言おうとしたが、そのまま口を閉じた。
「……そうだ、杖は!?」
サトルは杖に目をむけた。杖は、変わらず光っているが、その柄の部分が激しく震えている。振動は、どんどん激しくなり、耳をつんざくような高周波の音を発し始めた。
ガラスの割れるような音を立てて、杖は木っ端微塵に砕けた。
サトルも、古戸も、マキも、破片のひとつひとつが飛び散るのを、まるでスローモーションのように見た。
杖が発していた光も消え、雲から伸びている光の柱も消えた。
──3人とも、金縛りにあったように、身動きできなかった。最初に口を利いたのは、古戸だった。
「杖が……壊れたか」
「でも、どうして、世右は……?」
「人間ひとりの脳では、すべての知識を独占するには、容量が足りなかったんだ。世右は、神になれる器ではなかった」
「じゃあ、もともとの俺たちの使命は、どうなったんだ?」
「確かめてみよう。おい、お前」
古戸は、岩陰に隠れていた黒服をつかみ上げた。
「今は西暦何年だ?」
「え……? にせん……。あ、あれ? 思いだせない」
「数を数えてみろ」
「ひとつ……ふたつ、……数えられない? どうして?」
古戸は、黒服を地面に落とした。
「……失敗したようだな。人類の知識は失われている」
「失われたって……どうなるんだよ?」
「前に言っただろう。人類の文明は崩壊する」
「そんな……」
「嘆いている暇はないぞ、2人とも。これから、未曽有のサバイバルが始まる。人類全員のな」
「ど、どんな?」
「すべての生活基盤は崩壊する。発電所も止まる。医療、通信、物流。今、使っている文明技術は、すべて使えなくなる」
「その後は……」
「食料の生産もできなくなれば、地球の人口は激減する。石器時代と同じ生活をすることになる。それを生き残った人間でサバイバルだ。次の1000年間をな」
「次の1000年?」
「ああ。1000年後に、また次の『知識の更新』があるはずだ。その間に、大茴香も生えるはずだしな」
「『はずだ、はずだ』って、古戸さん。本当にそうなるの?」
「わからん。それは、君の領分だろう。サトルくん」
古戸にそう言われて、サトルははっとなった。
「どうだ?」
「ああ。やがてまた、チャンスが来るような気がする。だいぶ先のことだから、ぼんやりとだけど」
「なら、人類はそのチャンスに賭けるしかない。まず、君たちは、生き延びることだ」
古戸は、サトルとマキの肩に手を置いた。
────
古戸の予想通り。『知識』を失った人類は、もっとも過酷で困難なサバイバルを強いられることになる。
自動車は凶器となり、スマホやタブレットは、ただの平板になる。
送電は数時間から数日で停止し、火を知らない人類は寒さに凍える。
病気や怪我には薬があるが、誰も使い方を知らない。
今ある食料はじきになくなり、栽培の方法もわからない。化学肥料がなければ、地球が賄える人口は、そう多くはない。
狩りの仕方も、食べられる植物もわからない。
人類は、かつての石器時代以上に過酷な生活を強いられることになった。
────
最初の1年。それは、言葉にできないほどの混乱と絶望の地獄だった。
人類の半数が死んだ。
10年後、地球の人口は1000万人を切った。かつての都市は機能を失い、植物は伸び、徐々に地形との区別がつかなくなっていく。
100年後、人口はさらに減り、人類の文明の痕跡は、わずかになっていた。コンクリートは崩れ落ち、植物がどんどん侵食していく。
その後に残る人類の建造物は、少ない。
植物の浸食は進み、文明の痕跡は見えなくなっていく。
────そして、1000年後。
見渡す限り緑に覆われた大地。
小高い丘の上に、麻布の衣をまとった少年がいた。その傍らには、少女が寄り添っている。
少年の視線の先には、山々が連なっている。そのうちの1座が、『高笠巣山』だ。
少年は、少女を見て、決心したように頷いた。少女の唇が、少年の頬にそっと触れた。
少女の手を引いて、少年は歩き出した。手には、白い杖が握られている。
少年たちは、再びあの山を目指す。
プロメテウスの火を求めて。
(完)




