一人
思い返せば、この場所に生い茂っていた草木はどれも緑色だった。季節は夏だろうし、たとえ落葉樹でも緑の葉をつけているのが当たり前だ。
しかし今、私の周囲に散らばっているのは枯葉で…いや、枯れたというよりも黒焦げになったような葉で、ひどく脆い。
先程とは違ってただ指を振っただけだから大丈夫だろう…という浅はかな想定を、これらの枯葉を認めた時点で取り消すべきだった。私が指を振った時点で、彼は既に致命傷を受けていたのだろう。
しかし、その後私が勢いよく振り返りさえしなければ。
とどめを刺しさえしなければ。
もう少し、何か、あったのではないか。
何とかなったのではないのか。
まして本当に解せないのは、彼の身体はあんな風に骨の一部を残して消し飛んでしまったというのに、私の身体は何の損傷も受けずに、こうして健在であるという……
……いや、やっぱり駄目だ。
なるべく色々なことを考えていれば紛れるかと思ったが、やはりこの感覚は紛らわせない。
気持ち悪い。
今はただ、気持ち悪い。本当に、胸糞が……あ、まずい。
これはまずい。これは駄目だ。吐いてしまったら、吐くような激しい動きをしてしまったら、何が起こるかわからない。
堪えなければと思い、わたしはぐっと瞼を固く閉じて、ぶるぶると震えながら何も考えないようにして、私は何も、何…も……
……そうだ。そうだよ。
どうして私が、私一人が、こんなに悩まなければならない?
もういい。
もう、やめだ。
もう知らない。わからない。私には何もわからない。もう何もしない。もう何も言わない。もう何も考えない。もう何も感じない。もう……
もう、動かない。
「……………」
………………
………………
………………
「ー」
……………
「ー!?ー!」
…………
「ーー!ーーーー!ーー!」
………、
「ーーーーーーー!?ーー、ーーーー!?」
……?
「しっかりしろ!大丈夫か!?」
…あれ?
時間が経ったのか?
私が全ての思考を放棄して、身体を動かさないことだけに集中していると、気付けば一人の男が目の前にいて、私の肩を掴んで揺さぶっていた。
どれだけ経ったのだろう?
5分くらいか…?
「おい!返事をしろ!目を覚ませ!」
「私に触らないほうが良い。離れろ」
「ん!?お前、意識が戻っ…」
「触るなと言っているんだ!!!離れろ!!!」
「うおっ…!」
私は大声で叫んだ。ただし、腹には力を入れずにだ。
肺以外の場所を少しでも動かす訳にはいかない。
「……ああ、いやすまない。説明をさせてくれ」
「おう……こっちこそ、勝手に触ってすまんかった。俺はブラスだ。たまたまここを通りかかった」
「ぶらす…?」
聞き慣れない名前に困惑しつつも、私は説明をした。
簡潔に。
「そこに、人の遺骨があるだろう」
「ああ、それは一体…」
「私がやったんだ」
「……何?」
「私が、殺したんだ」
「……」
私の告白に、彼…ブラスは少しの間黙り込んだが、直後に私の背後に向かって、大きな声で呼びかけた。
「お前達!この男が何か言っている。聞こう」
「…?」
すると、私の背後から3人くらいの人の足音が近づいてくる。
今気付いたけれども、どうやらブラスは単独でここに来た訳ではないようだ。辺りを検分したりでもしていたのか、私の背後から現れたその三人の男達は、改めて私の前に移動した上で、ブラスも含めた四人で、私からの説明を待った。
……やれやれ。
説明しなければ始まらないのかも知れないが、いざ説明するとなると、いざ懺悔するとなると、中々どうして気が進まないものだ。
説明しなければ始まらないが、そもそも始める必要など……
まあいい。始めよう。
「順を追って話す。そもそも私は、今こんな場所にいる筈ではなかった」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まず、私は杞にある自分の家の中で、普段通りにせっせと火を起こしていた。女房と二人暮らしだったが、その時の女房はほんの少しの間だけ留守にしていた。
すると、突然どこからともなく現れた光に包まれて、私は反射的に目を瞑ったが、目を開けた時には既に、この場所にいた。
そして。
元々の座っていた状態から立ち上がろうと思って、あぐらをかくのをやめようと、ほんの少し足を前に動かそうとしただけで。
私の足は、目にも止まらぬ…いや、それどころではない異常な速さで動き、一瞬で…いや零瞬で、完全に振り上がりきって膝が伸びきった状態になっていた。
同時に、その足からとんでもない爆音が鳴り、私はその振動をほんの軽く顔に感じて、何事かと驚いてしまった。
驚いて、慌てて後退りしようと、振り上げた足を勢いよく地面に叩きつけてしまったのだ。
すると私の足は地面を砕き、地は大きく抉れた。一方で私の身体は、その時点で既に、目まぐるしく回転しつつ空高く跳び上がってしまっていた。
恐怖と混乱でじたばたと空中で踠いたことで、またしても私の手足は例の爆音を鳴らし、連続で鳴らし続けながら、恐らくは尋常でない騒音を当たり一帯に撒き散らしながら、落下した。
跳び上がってから再び地に落ちるまで、どれくらいの時間がかかったのかはわからない。私の感覚では、100秒は経っていたと思うが……
そうして、己が命運を半ば諦めながら地面に墜落して、然るに怪我一つしていない己の肉体に、漸く私は状況を理解した。
この身体は異常だ。
少しでも動こうとすれば、それ以上無いくらいの速度で動いてしまうのだ。空気が武器になってしまう程の圧倒的な速さで、空気という名の飛び道具を全方向に発射してしまうのだ。あるいはそれは、空気ではなく音なのかも知れないし、また別の何かなのかも知れないが、私は浅学菲才なため、その辺りのことはよくわからない。
とにかく……そうして私は、どうすれば良いのか、何をすれば良いのかもわからずに、ただこの場所で叫び続けていた。
助けてくれ、助けてくれと。
結局、一人の男…そこに横たわっている遺骨の持ち主だった男が駆けつけてくるまで、私は叫ぶのをやめなかった。
思えば、これは間違いだった。
『助ける』って、どう助けるんだ。
こんな私を、どう助けることができるというのだ。
実際、私は彼に助けられるどころか、彼を殺してしまった。
彼はまず私から話を聞いて、しかし私の言うことが理解できず、もしくは信じられず、私に実演をするよう提案した。私も彼の口車に…いや、ともかく私の判断で彼に従い、実演をしてしまった。
それでも、実演だけならまだ、彼は死ななかったのかも知れないのだ。問題はその直後、私が驚いて、勢いよく振り向いてしまったことだった。
私が勢いよく振り向いたことで生じた衝撃と熱の波を浴びなければ、彼は少なくとも、あんな原型を留めていないような遺体にはなっていなかった筈だ。
いずれにせよ、私は判断を間違えて、目測を誤って、失敗した。
実は、彼が私の呼び声に応じて駆け付けてくれた時から、薄々、うまくいかないような予感はしていた。その時点でやはり、身体を微動だにしないことを頑なに貫徹するべきだったのだ。
いや、まあ、しかし……そうは言っても。
自分が助かる可能性はかなり微妙だとわかってはいても。
彼が死ぬ可能性までは、考えていなかったなぁ……




