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怨嗟の記録  作者: かわさきはっく


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第19話 孤独な絶叫

 佐藤和也の送ったメッセージは、夜の海に投げ込まれた、救命信号のようだった。

『助けてくれ。鈴木の呪いだ』

 その悲痛な叫びは、三十数年という長い沈黙を破り、かつての同級生たちの、安穏とした日常の岸辺へと打ち寄せられた。


 最初の反応は、冷笑と侮蔑だった。

『佐藤、まだ酔ってるのか?』

『頭でも打ったんじゃないか?鈴木って誰だよ』

 彼らにとって、鈴木一郎という名前は、遠い過去の、埃をかぶった風景の一部でしかなかった。木村雄介との無理心中事件も、所詮は他人事。自分たちの人生とは、何の関係もないはずだった。


 しかし、佐藤の執拗なまでの訴えは、彼らの心を苛立ちと不快感で満たしていった。

『娘の足が腐っていくんだ!原因不明で医者も匙を投げた!昨夜、鈴木が俺の前に現れたんだ!』

 そのメッセージに添付されていたのは、見るも無残に黒く変色し、壊死した優奈の足の写真だった。そのあまりにショッキングな画像は、彼らの嘲笑を凍りつかせ、そして、冷たい拒絶へと変質させるには十分だった。


 最初に反応したのは、山田健吾だった。彼は会社が倒産した後、夜逃げ同然に街を去り、今は地方の安アパートで、息を潜めるように暮らしている。

『……おい、佐藤。いい加減にしろ』

 山田が非公開に設定されたSNSのグループチャットに、突き放すような文字を打ち込んだ。

『お前の家庭が大変なのは分かった。だが、こっちだって、それぞれ問題を抱えて生きてるんだ。死んだ人間のせいにして、俺たちを巻き込むのはやめろ。みっともない』


 山田の言葉を皮切りに、堰を切ったように、他の者たちも佐藤への非難を始めた。


『娘さんが大変な時に、親がそんなことでどうするの。現実を見なよ』(いじめを見て見ぬふりをしていた、元女子生徒)


『俺は株で大損した。でも、それは証券マンのせいで、死んだ誰かの呪いじゃねえ。自分の不幸を人のせいにするな』(傍観者だった、元クラスメイト)


『気味が悪い。もう、こういう連絡はよしてくれ』


 彼らの言葉は鋭い刃物となって、佐藤の最後の希望をズタズタに切り裂いていった。誰も信じてくれない。誰も理解しようとしない。彼らにとって佐藤は、家庭崩壊とアルコールのせいで、とうとう頭がおかしくなってしまった、哀れな男でしかなかった。彼の訴える怪奇現象は、全て、彼の精神が生み出した妄想だと、誰もが断じていた。


 グループチャットの中は、佐藤への同情ではなく、彼を異物として排除しようとする、冷たい空気で満たされていった。

『佐藤が木村みたいになる前に、誰か止めてやれよ』

『俺は、もう抜ける。関わり合いたくない』


 一人、また一人と、メンバーがグループを退出していく。通知の音が、まるで弔いの鐘のように、佐藤のスマートフォンに響き渡る。

 彼は完全に孤立した。


 恐怖は共鳴することなく、ただ佐藤一人の心の中で、出口のないまま腐敗し、増殖していく。

 彼は夜が来るのを恐れた。眠りにつけば、夢の中に、あの感情のない目の男が現れ、自分の罪を朗読する。目を覚ましていても、家のどこかから、彼の気配がする。それは彼の正気をじわじわと蝕み、狂気の淵へと追いやっていった。


 助けを求める声は、もう、どこにも届かない。

 彼は、この冷え切った家の中で、たった一人、見えない敵と対峙し続けるしかないのだ。その絶望的な事実が、彼の心を闇の底へと引きずり込んでいった。


 彼の背後、部屋の隅の暗闇で、悪霊と化した鈴木一郎が、静かに、その姿を見下ろしていた。

 彼らの無関心、彼らの拒絶。

 それこそが、一郎が望んだ、最高の調味料だった。共有されない恐怖は、より純粋な毒となって、佐藤の魂を内側からじわじわと腐らせていった。


 その孤独な絶叫は誰の耳にも届かない。

 ただ、一郎の渇いた魂を潤す、心地よい響きとして、吸収されていくだけだった。


 遠く離れた忌澤村の祠。

 その中で、桐の箱が、ひときわ強い、禍々しい光を放ち、まるで心臓のように、ゆっくりとした、だが力強い脈動を刻み始めた。

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