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朝食会がうまくいかなかったあとも、私はラズリー王子に手紙を出したり遣いをやったりと、どうにか交流を持とうとした。
だが王子は手紙の返事こそよこすものの、その内容はほとんどなくのらりくらりと招待を拒むものばかり。
母は幾度となく父に訴えようとしたが、そんなことをすれば国際問題になる。私は母を宥め続けたが、心はどんどん荒んでいった。
結局一言も言葉を交わさないまま、国民へのお披露目の日となった。きらびやかな薄桃色のドレスは、ローズお姉さまにだったらどんなに似合うだろう。
気を遣って「お似合いですわ」と口々に言うメイドたちも、心からそう言っているわけではないことははっきりわかった。
いつも、似合うと言われている色ではない。
ラズリー王子と会ったのは、まるで1年も2年も前のことのように感じた。それほど心の距離は開いているように思う。
腕を組むように無言で促す背中が近寄りがたかったが、拒否するわけにもいかない。
王宮の前には、多くの民が集まってくれている。
バルコニーに出ると、わぁぁっ、と歓声が上がった。
「王女様、おめでとうございます!」
「王女様!お幸せに!」
私はその声に笑顔で答えた。となりで王子がどんな顔をしているか、見る勇気はなかった。
*
初日の最後のお披露目を終えて、王城の中に下がる。
1日に5度のお披露目は、1回1回は短時間だがやはり気を遣う。国民は美しく幸せな王族を見たいのだ。自分たちの王が豊かであることは、自分が豊かであることに直結している。だからいつも美しく、穏やかに微笑んでいなければならない。しかも結婚のお披露目ともなると、この世で一番幸せだという顔を望まれている。
それなのに……。
「お待ちください、リアトリスさま」
私はそそくさと去って行こうとする王子に声をかけた。
刺々しい声音に、周囲の人が驚いたように私を見ている。そんな声を、選ばれたものだけとはいえメイドや侍従もいる今出すべきでないことはわかっていた。
だがまったく招待に応じない相手に話せる機会は多くない。
モルガンとラズリーの国王もいる今、王子は私を無視していくわけにもいかないだろう。
「食事の前に、ぜひ私の宮に寄られませんか。お茶をお出しいたします」
「……いえ、王女もお疲れでしょう。遠慮させていただきます」
王子の言葉に、母がまぁ、と小さく声を上げた。
言葉は丁寧だが、きっぱりした拒絶だ。だがここで引き下がっては何も変わらない。
「いえ、私は疲れてなどいません。それよりも、リアトリスさまとお話がしたいのです」
去っていきそうな王子の背中に、私は数歩近づいた。
生まれ育ったモルガンを出る前に、せめて少しでも王子と話をしておきたい。でなければ、もう一生話などできない気がするのだ。ラズリーでは、王子は自分の好きにふるまうだろう。そうなれば、私を避けることなど簡単なことだ。
「リアトリスさま、」
私は王子の腕に手を伸ばした。
自分から触れようとするなんてはしたないことだとも思ったが、どうせもうすぐ夫婦になるのだ。これくらいいいだろう。
だが…。
「やめていただきたい!」
王子は大きな声を出して、私の手を払った。
「……え、」
私は驚いて、数歩下がる。
そして運が悪いことに、階段を踏み外してしまったのだ。
「きゃぁぁぁ!」
母の悲鳴が聞こえる。
私はそのまま、意識を手放した。