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「遠いところを感謝する。ラズリー王、第一王子」
一方的に婚約者を変更するという不義理を働いたモルガンではあるが、国としての格は比べるべくもない。
モルガン王は威厳を感じさせる低音で、ラズリー王に告げた。
私ははっと気を取り直して、背筋を伸ばして顔を上げた。俯いていていい場面ではない。
「モルガン王陛下、王妃陛下、並びに皆様方におきましては、ご機嫌うるわしゅう。お招きいただき、恐悦至極でございます」
「モルガンは国を挙げて、ラズリー国王一行を歓迎する。滞在中は自国と思われてくつろがれよ」
「ありがたきお言葉にございます」
形式的なやり取りをし、すぐにラズリー国王一行は下がっていった。時間にして数分、十分もなかっただろう。ラズリー王子は一言も発さなかったし、私が発言を促されることもなかった。
婚約者との謁見とは、こんなものだろうか。違うというのは、私は知っている。ダリアお姉さまの婚約者、シャガ様が来られた時は、一言二言ではあるがおふたりは仲睦まじくお話される。
滞在中は何をするとか、素敵な贈り物を持って来たとか、そんなお話だ。公式の場なのでくだけたご様子ではないけれど、こんなに緊張感があるものではない。
「なんですか、あの態度は」
声を上げたのはジュリアンお兄様だった。
「ラピスに目もくれない。声もかけない。あんな男に……」
「ジュリアン。控えよ」
父がまだ王の威厳を漂わせたまま、ジュリアンお兄様を咎めた。ラズリー国王一行はいなくなったが、臣下が聞いている。お兄さまは口を閉じたが、納得していない雰囲気は伝わってきた。
「お兄さま、」
私は大丈夫、と言うように、ジュリアンお兄様に微笑んだ。
第一王子であるジュリアンお兄さまは、母も違うし普段からそう関わりがあるわけではなかったけれど、ローズお姉さまの私室でたまにお会いすることがあった。真面目で誠実な方だ。もしかしたら、ずっと心配してくれていたのかもしれない。
「ラズリー国王、第一王子の滞在中、決して不足なくもてなすように」
父はそう言って立ち上がった。
*
ラズリー国王一行を歓迎する晩餐会は、翌日に予定されている。
今日の夕食は両王家の者だけで、ささやかに…といっても普段よりは豪勢に行われたが、とても良い雰囲気とは言えなかった。
少しでも良い雰囲気にしようとしているのはラズリー王だけで、第一王子は黙ったまま。父も最初はにこやかに応じていたが、王子の態度を見て次第に口が重くなった。となれば、後は話す者もいない。
もともと私に同情的だった正妃さまを始め、みな敵を見るかのようにラズリー王子を見ている。
こんなことは望んでいないのに…。
「そうだ。明日の朝食をご一緒いたしましょう」
要は、私とラズリー王子が仲良くすればいいのだ。
私はにこやかにそう提案した。
ラズリー王が安堵したように息をつく。
「おぉ、それはいいですな。ぜひそうさせてもらいなさい、リアトリス」
「……はい」
言葉少なに、いかにもしょうがなく、といった様子で頷いたラズリー王子の態度に、やはりみなさまとても怒っていたようだったけど。
とりあえずはその場を取り繕って、夕食は早々と終わった。