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謁見の間の玉座に、正装のお父さま…モルガン国王がおかけになっている。
通常であればその隣は正妃さまが腰かけ、その後ろに必要に応じて正妃さまのお子さま方やふたりの側妃さま、そしてそのお子さま方が控える。形式上、東の妃さまと私の母・西の妃は同位だ。そしてその王子王女は年齢順に並ぶことになっていた。そのため年齢でいうとちょうど真ん中くらいの私は立ち位置もそのくらい。とはいえ実際に謁見する方からはほとんど見えない位置なので、姿勢よく立っていたらそれでよかった。時々後ろの小さな弟妹を気にかけたりするくらい。
それなのに、今日はまるきり違う。
私は国王陛下のとなりに腰掛け、少し下がった所に母が控えている。目の前には真っ赤な絨毯の階段があり、両脇に控える臣下の頭のてっぺんが良く見えた。
ドレスも今まで着た中で一番上等。色は淡い水色で控え目だが手触りがよく、きらびやかな宝石がいくつも縫い付けられていた。
ついに、着たのだ。私の夫となる人が。
みな、突然嫁ぐことになった私に同情したが、私自身はそう悲観していなかった。王宮以外で暮らしたことがない私は、新しい環境も楽しみだし、ラズリーは寒くて過酷だと聞いたが雪は好きだ。どうせそのうちどこかの貴族の子息と政略結婚することになるのだから、がらりと環境が変わるほうがきっと面白い。
私がそう言うと、みな強がっていると、けなげだと涙したが私は心からそう思っていた。
だがやはり、いざとなると緊張する。
そもそも一度も会っていない人だ。聞いた話では素敵な方らしいが、仲良くできるだろうか。なにせ10歳も離れている。少しでも話が合うように、ラズリーのことを勉強はしたけれど…。
気付けば指先が震えていた。それを隠すようにぎゅっと手を握りこむ。
「ラピス。おまえは良い子だ。素直で、優しくて…」
ふいに父が私に話しかけてきた。
久方ぶりの、王としてではない…父としての言葉のように思える。
「きっとラズリーでも、うまくやっていける。本当に…幸せを願っている」
「お父さま…」
そばで母が、そっと涙をぬぐう気配がした。
厳しい国王でもあるが、優しい父でもある人だ。それはきっと、本心からの言葉だろう。私は父母を安心させたくて、微笑んだ。
「大丈夫ですわ。私、ラズリーのみなさまと仲良くできるよう、がんばりますから」
「ラズリー国王陛下、第一王子殿下が到着なさいました」
「…入れよ」
到着を告げる声に鷹揚に頷いたのは、もうモルガン王だった。
私も改めて背筋を伸ばし、正面を見る。
両開きのドアがゆっくりと内側に開かれた。
一番前には、立派な装いの壮年の男性。父よりも少し年上に見える。…この方が、きっとラズリー国王だろう。そしてそのあとに続く青年……、この人が。
不躾にならない程度に、私は第一王子と思われる人を見た。背は高そうだ。きっとお父さまよりも高いだろう。窓から差し込む陽光を受けてきらきらと輝く金色の髪。モルガンでは珍しい色だが、ラズリーには金髪の人は多いのだろうか。ラズリー国王も同じ色だ。目を伏せていて瞳は見えないが、鼻筋がすっと通っていて美しい。噂に聞いた整った容姿の人というのは、どうやら本当のことらしい。
あぁ…ローズお姉さまと並んだら、どんなに美しかったかしら。
私は少し場違いながら、そんなふうに思った。
その時、ふと目を上げた第一王子と、バチッと目が合った。
私は驚いて、視線を逸らすこともできない。瞳は黒く見えた。夜空を思わせる濃紺…と聞いていたけれど、光の加減だろうか。月のない夜のような色…。
ふ、と。
第一王子の表情が、嘘のように冷たくなった。国王のとなりに座る私が自分の婚約者だと、わかったはずだ。その私を見て、無表情を通り越し、冷たい拒絶を顔に張り付けて。
私は目の前がまっくらになるように感じた。