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いつものようにお茶を飲んだラピスは、ゆっくりと時間をかけてお披露目に出るための準備をした。
美しいドレスを着て、メイドに髪を結われて、きらびやかなジュエリーを身につける。
だがラピスの心は、一向に晴れない。
バルコニーに続く広間に向かうと、すでに準備を整えたラズリー王子がいたが、ちらりとラピスを一瞥しただけで挨拶もなかった。
ラピスは淑女の礼をするが、それに応えたのはラズリー国王だけだった。
『ラピス王女、お加減はいかがですか』
『ラズリー陛下、ご心配をおかけしました。十分休みましたし、何の問題もありませんわ』
義父となるラズリー国王が優しい言葉をかけてくれるのだけが救いだ。
もちろんモルガンを出た後にその態度が変わる可能性はあるが……。
『モルガン国王陛下、王妃殿下のおなりでございます』
ラピスの父であるモルガン国王と正妃が最後に広間にやってきた。
『……ラピス。大事ないか』
モルガン国王と正妃が、ラピスを気遣わしげに見る。優しく、ラピスを心配するようだったが、『この婚約をなかったことにする』とは言えない。
ラピスはそれもわかっていて、こくり、と頷いた。
『ありがたいお言葉でございます、陛下。何の問題もありません』
ラピスの言葉に、モルガン国王は頷いた。
バルコニーに続く大きな扉が開けられる。
わぁ、と大きな歓声が聞こえてきた。国民は何も知らない。国民の前では、幸せそうに微笑んでいなくては、とラピスの強い思いが流れ込んでくる。国王と正妃が、まずバルコニーに出る。その後はラズリー国王、そしてラピスとラズリー王子の番だ。
腕を組んで……、だが、ラピスは一瞬それをためらった。昨日腕を払われたのを思い出したのだ。
ラズリー王子はそんなラピスを見て、ふっ、と鼻で笑った。
『また階段から突き落とされると思ったのですか?』
*
「な…っ、なんなのよこの男!?」
怒りでかっ、と頭に血が昇る。
ラピスがどんな気持ちで、自分の気持ちを押し殺して微笑んでいると思うのか。
たった15歳の女の子が、急に結婚することになって、その相手に冷たくされて。確かにラズリー王子も婚約者に裏切られただろうが、ラピスだって被害者だ。
それに、わざとではなかったにしろ階段から落ちるのはどんな恐怖だったか。自分のせいで怪我をした少女にかける言葉とは思えない。
思わず大きな声を出した私の背後で、どさ、とにぶい音が聞こえた。と同時に、テレビが暗転する。
驚いて振り向くと、ベッドにラピスが横たわっていた。
「ら、ラピス!?」
私はベッドのラピスと、テレビを交互に見た。
もしかして、気を失ってしまったのだろうか?テレビからは、ラピスの見ている世界しか見れない。つまり、テレビがまっくらということはラピスが目を閉じているということだ。
昨夜ラピスが眠った後、テレビはまっくらになったが、この部屋ではラピスは起きていた。だからラピスにいろんなことを聞けたのだ。それなのに今、ラピスはこの部屋でも意識がない。
……あまりにひどいことを言われたから?
ベッドサイトに近づく。着ているのは、美しいドレスだ。でもその表情は暗く、頬に涙がこぼれていた。私はその頬をそっとぬぐう。
……許せない、あの男。
こんなにいい子を泣かせるなんて。
めらめらと怒りの炎が燃え上がって……、気付いたら、私はラズリー王子の腕の中にいた。