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雪に咲く花

作者: moto

これはとある北の小さな村の物語。

極寒の地にある村は、その寒さゆえに一年中分厚い雪に覆われていて、雪と共に生活することが村人たちの普通であった。雪に阻まれて作物が育たず、外から行商が来ることもできないため、細々と狩りをして、取れた獲物を村の皆で分け合って食すことで命をつなぐ。

「いってきまーす!」

朝早く、まだ10ばかりの小さな女の子が一つの家から出てきた。何枚も服を重ね着して帽子、マフラー手袋をしていても、肌の出ている顔が空気の冷たさでぴりぴりと痛い。太陽が昇ってきたばかりで辺りは冷え込んでいた。自分では分からないが、女の子のほっぺと鼻のてっぺんが寒さで赤く、トナカイのようになっていた。

これから朝の狩りに向かうのだ。この時間だと夜に活動する小さな獣がまだ起きている。それを狩って皆で朝ごはんにするのだ。お父さんは先に出てすでに他の大人たちと狩りを始めている。女の子を含めた子供たちは少し遅れてこの時間に集まって、森の浅いところで狩りをする。

今日こそは大物を狩るのだ、と女の子は息巻いていた。昨日の朝狩りは雪につまずいておしいところで獲物を逃してしまった。

「いってらっしゃい。気を付けてね。」

家の中からお母さんが返事をする。普段であるならばお母さんも狩りに出るところなのだが、お腹に赤ちゃんがいるためにお留守番だ。朝ごはんの準備をして待っている。

雪をかき分けて集合場所の森の前に向かう。10分ほど歩くと、3人の先に着いて待っていた子供たちがこちらに手を振っていた。

「遅いよー」

「ごめん、お待たせ。早く行こう。大人たちに全部取られちゃう。」

森の中へずんずん入っていく。

「よし、誰が一番大物をとれるか勝負だ!」

少し歩いたところで子供たちは解散した。本当は大人たちに皆で固まって行動するようにと言われているのだが、森の浅いまでしか行かない上に、毎朝慣れた場所であるので、こうして誰が一番獲物をとってこれるのか競っていた。

女の子も大物をとるぞ、と息巻いて皆と反対の方に向かう。一面真っ白なので目を凝らさねければ獲物を見逃してしまう。気配を消して、ゆっくりゆっくりあたりを見回しながら進む。

その時、すぽり、と地面の感覚がなくなった。

一瞬の浮遊感を感じて、女の子は雪の下に吸い込まれた。

女の子は地面にしりもちをついた。突然のことに目を瞬かせる。

雪の下は大きな空洞になっていた。女の子が落ちてきたはずの穴は再び分厚い雪に覆われている。結構高さがある場所から落ちてきたようだが、地面にも分厚い雪があるおかげで痛みはほとんどなかった。

しかし、ここから出る方法が分からない。女の子はこれはまずい、と思い始めたが、同時に、まあ大丈夫だろう、と根拠のない自信も同時に湧き上がってきていた。

いつもと違う非日常感が女の子の心を浮つかせる。きょろきょろとあたりを見回すと、奥から薄く淡い青の光が漏れていることに気が付いた。

しばらく助けは来ないだろうし、この雪の洞窟を探検して他の皆に自慢しよう。女の子はそう思い立った。

まっすぐ走って光の方に行くと、その右側が開けてもう一つの大きな空間になっていた。雪の上一面に青い花が咲いていて、その花が光っている。

「うわぁ、きれい........。」

近くで見ようと青い花に近づいていく。女の子の村では寒くて花が咲かないので、女の子は初めて花というものを見た。真っ白な中で色鮮やかに咲く青色の花は異色の存在感を放っていた。

「き........、ちゃ、........だめ。」

青の花に魅せられてそろりそろりと近づいていく。

「と........まっ........て。」

青い花を摘もうと手を伸ばす。端っこの一番近くの花の茎をぽきり、と折る。ぶわり、と茎の中から青い粉が舞う。

女の子はぼんやりとしていた意識の中で何かが泡のようにはじける感覚がした。

目をつぶって開くと、いつの間にか青い花畑の真ん中に座っていた。後ろも一面青い花畑になっている。

「ご、めん。」

声がしたことに驚いて前を向くと、正面に男の子がひとり座っていた。先ほどまでは女の子の目に映っていなかった。

「うわっ。」

驚いて体をのけぞってバランスを崩す。男の子が慌てて引っ張ってくれたので後ろに倒れこまずに済んだ。つないだ手が雪のように冷たい。年は同じくらいに見えるが、髪の毛も肌も雪のように白い。

しげしげと見ていると、男の子の目にぶわりと大粒の涙が浮かび、ぼろぼろとこぼれだした。

「え?!どうしたの?」

どこか痛いのだろうか。女の子はおろおろする。

「っ、っ。」

男の子は違う、と首を横に振って何かを話そうとするが、しゃくりあげるばかりで言葉にならない。どうしていいかわからなくて、とりあえず泣き止むまでお母さんが女の子にしてくれるように、やさしく頭をなで続けた。


男の子が落ち着いて話ができるようになるまでには結構な時間がかかった。

「ごめん。」

開口一番に男の子が言った。だが、女の子は何に対するごめんなのかさっぱり理解することができなかった。

「君はもう家に帰ることができないんだ。」

詳しく聞くと、それはとても重い深刻な話だった。

男の子曰く、雪に咲く青く美しいこの花は人間をこの場所に閉じ込めて熱を奪うことで生息している。閉じ込められた人間は一生出ることがかなわず、寿命を迎えるまでこの場所にいることになる。男の子自身も80年近くここに一人閉じ込められているらしい。

「え?!じゃあ、あなたは本当はものすごいおじいちゃんってこと?全然そう見えない!」

「ここにいるとなぜか年をとらないんだ。」

「不思議。」

もう家に帰れない、と聞いても実感がわかず、女の子は悲しい気持ちにはならなかった。お父さん、お母さん、まだ見ぬ兄弟、村の皆に会えないと頭では理解しているが不思議と危機感がわかない。

「ご飯はどうしてるの?」

ここには青い花と雪以外に何もない。

「何も食べなくてもここだと生きていけるんだ。」

「ますます不思議!」

好奇心から、次々と質問を重ねていく。

「私の落ちてきたところを何回も通ったことがあるけど、今までこんな風に落ちたことなんてなかったのに、なんで今回私は落ちちゃったの?」

「この場所に繋がる落とし穴は普段はふさがっているんだ。多分、ここの花が代わりの人間を求めた時にだけ穴が開き、またすぐにふさがって他の人には入れなくなるんだ。」

「代わりの人間?」

「おそらく僕の寿命がもうすぐなんだよ。」

男の子がようやく少しだけ口元に笑みを浮かべる。

「死んじゃうの?」

「うん。」

女の子は男の子がなぜ笑っているのか分からなくて首を傾げる。

「最期に君と話せてうれしい。一人はすごく........寂しかったから。」

正面から面と向かって言われて、女の子はなんだかこっぱずかしい気持ちになった。男の子をまっすぐ見られなくて視線を逸らす。

そこからは何気ない村の話を二人でした。

男の子のいた時の村の話。村で一番年をとっているおばあちゃんと男の子が同い年で幼馴染であることが分かったり、男の子の友達の孫が女の子のお父さんだったり、お母さんだったり。ひいおばあちゃんの思わぬ過去話を聞いて涙が出るほど笑い転げたり。話はとても盛り上がった。

ただ気の向くままに二人で話して、少し疲れてきたら休憩して、また話し始めた。

ここには太陽の光も月の光も届かないため、時間の感覚はよく分からなかった。食欲も睡眠欲も湧いてこない。

だから、正確な時間は分からない。が、多分2,3日かそれ以上経った頃だろうか。二人で楽しく話しているときに青い花が一斉に強く光り始めた。

「え、何?」

「多分、僕の寿命が来たんだ。」

見ると男の子もほのかに光っている。身体の端から光の粒子になって空気に溶けていく。

「君と話せて本当に良かった。最期がこんなに楽しいものになるとは思ってなかった。本当にありがとう。ありがとう。」

「私も、ここに来て良かった。」

女の子がそういうと男の子は少し悲しそうな顔になって首を横に振った。

「君が本当につらいのはここからだよ。これから先は一人でここで長い一生を過ごすことになる。本当に長くて、苦しい一生なんだ。」

言われてもよく分からない。

「君をここに閉じ込める結果になってしまって本当にごめん。」

「あなたが謝る必要はないよ。私が勝手に落ちてきちゃったんだもん。」

男の子の瞳から涙があふれだす。

「それでも、何かを恨まずにはいられなくなったとき、僕をののしってくれて構わないからね。」

「そんなことしないよ!」

失礼な!と頬を膨らませる。

「その時が来ればきっと分かるよ。本当にごめん。」

男の子が消えていく。残されたそこには先ほどまでは感じなかった静けさがあった。

「恨むなんて、するわけないじゃん。」

一人残された女の子は、ぽつりとつぶやいた。その声は広い空間の中にやけに大きく響いた気がした。


◇◇◇◇


約100年後。

「行ってきまーす!」

「気を付けてね。森の奥までは行っちゃだめよ!あと、絶対に一人になっちゃだめよ!」

「分かってるー!それ何回も聞いたよ!」

この村では100年に一回くらいの頻度で小さな子供が神隠しがあると言われているらしい。実際にお母さんのおじいちゃんのお姉さんが消えていなくなったらしい。この村の子供たちは耳にたこができるくらいその話を聞かされて育つ。もうすぐ100年で私がちょうど消えたお母さんのおじいちゃんのお姉さんと同じくらいの年だから、お母さんが無駄に神経をとがらせている。神隠しなんてあるわけないのに。

一つの家から小さな女の子が勢いよく飛び出した。相変わらず分厚い雪が地面を覆い隠している。

「行ってきまーす!」

すぐ隣の家からも女の子と同じくらいの男の子が出てきた。

「おはよう!」

「おはよう。早く行こうぜ。獣がいなくなっちまう。」

二人は仲良く村の端にある森に向かう。

「今日こそはとれるといいなー。」

「昨日はおしかったもんな。お前がもうちょっと右に弓を弾いてれば当たったのに。」

「あー!あれはゆうが音立てたから悪いんでしょ!動かなければ完璧にあたってたもん!」

「へいへい。そういうことにしとくよ。」

ぷーっと頬を膨らませて女の子が男の子をぽかぽかと叩く。

「ほらほら、もうすぐ森に入るぞ。」

「もー。」

もっと男の子に文句を言ってやりたかったが仕方なく話を止める。

「いた。」

10m先に白いうさぎの耳がのぞいている。今日はかなり早く見つかった。運がいい。

男の子に反対の方向に行くように手振りで伝える。

挟み撃ちにすることでうさぎの逃げ場を少なくするのだ。

女の子も、弓で当てるには獲物が遠すぎるのでそろり、そろりと距離を詰める。

その時、突然地面が消えた。

落ちた先には薄気味悪い空間が広がっていた。奥の方から青白い光が漏れている。

恐る恐る奥の方に向かっていくと、青い花が一面に広がっている。異様な光景に女の子は目を見張る。

もっと近くで見ようと近づいていくと小さなかすれ声が聞こえた。

「ーーーー。」

100年後、女の子はどうなっているのか........。

次世代の女の子になんと言葉をかけたのか........。

最後まで読んでくれてありがとうございます!




(文字数がちょうど4,444文字になっていることに気づいて少しビビりました。)

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― 新着の感想 ―
なんとも切なく不思議なお話ですね。ちょっとうるっとしてしまいました。100年後の女の子は、男の子と同じ気持ちになれたのかな。。。 4444文字おめでとう?ございます。
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