総合演出 マークワン
エルミィは、マルカに小銭を差し出した。
「不良の役、私やりたいです」
言い切った。真剣だった。
事務所は最大手の――イリーネ。
エルミィは事務所の看板娘。これまで清純、可憐、天使枠。おしとやかキャラで売ってきた。
マルカはしばらく沈黙していた。
エルミィの意図が、最初はまったく読めなかったらしい。
「……アンタ、何を言って……?」
だが、すぐさま脇にいた総合演出責任者――マークワンが、無機質な声で割って入る。
《エルミィ君には、ちゃんと "イリーネ枠" 二ヶ月分、割り当てがあるので安心してください》
《そして、"公私ともに仲良くしている" ミリウス君とは、今後のドラマ展開でも結ばれるよう脚本進行中です》
《事務所の社長さんとは、近日ギロッポンにて "演技論" を熱く語る予定も入っております》
マルカは口を開けてぽかんとする。
その横で、エルミィはきゅっと口元を引き締めた。
「……ただ、今回の“不良”の役、正直――汚れしかないです」
「私がやったら、事務所NGは免れません。イリーネの娘に泥かけるような真似はできません」
「だから、こうやって“売り込んで”るんです。きっちり筋を通して――役を取るために」
マルカはしばし目を伏せた後、笑った。
「なるほどね。アンタも、案外したたかでいい女になったじゃないか」
エルミィは少しだけ鼻を鳴らした。
「だてに、イリーネの娘やってませんから」




