先生は私用で不在 今日は自習
エルミィは、イライラしていた。
風の精霊王の証をもらってから、もう4日が過ぎているというのに、いまだ風の精霊王の領域にとどまっている。
目の前では、ノームの膝枕でニヤけきったミリウスが、だらしなく鼻の下を伸ばしている。
そしてその隣では、トーマスが懐中時計をにらみつけ、真剣な表情で秒を刻んでいた。
「約束は40分ずつだぞ、ミリウス」 「分かってるって、守るよ守る。ちゃんと交代するってば」
この「交代制度」は、3日前に男たちがノームの膝枕を巡って本気の殴り合いを繰り広げた結果、ノームが折衷案として設けた平和的解決策である。
エルミィは心の中で突っ込む。
(ここは竜宮城か? 火の鳥を助けた記憶はあるけど、亀なんていなかったわよね。あれか、火の鳥=亀だったのか? だったらいっそシグルを丸焼きにしておけばよかったかも……)
黒い妄想がエルミィの中で膨らんでいく。
何より腹立たしいのは――ノームである。
男の願望を、まるで当たり前のように受け入れてしまうその態度。
そして、何故か憎めないその笑顔。
(……なんで? 私だって、お兄ちゃんのためなら、膝枕くらい、いくらでもしてあげるのに……!)
それなのに、ミリウスが望んでいるのは――私の膝枕じゃない。
ノームの膝枕なんだ。
「なんでよ……」
エルミィは思わず、ぽつりと呟いた。
マルカ、イフリート、ウインディーネ、シルフ、リゼリナ。
女性陣は揃って、あきれ顔でミリウスたち男どもの“平和な破滅”を眺めていた。
私はノームに、思い切って苦言を呈した。
「ノームってさ……なんで、男どもの言いなりなの?」
ノームはぽかんとした顔で首を傾げる。
「さあ……なんででしょうね?」
その“のれんに腕押し”の返答に、私は少しイラついた。
つい、声が大きくなる。
「そうやって男どもを甘やかして、自分がちやほやしてもらいたいからじゃないの!?」
その瞬間、背後から女性陣の手がのびる。
ウィンディーネ、イフリート、シルフ、リゼリナ、そしてマルカまで――
私の腕を無理やり引っ張って、ノームから引き離した。
「エルミィ、やめなよ……」
まるで、学園ドラマのワンシーンだった。
真面目な委員長が、天然な女子に食ってかかる――でも結局、負ける。
リゼリナが静かに口を開く。
「たいてい、真面目な委員長は、天然女子に負けるのよ」
他の精霊女子たちも、うんうんと頷いていた。
私は――思った。
(……私が、天然な“女の子”のキャラじゃなかった?)
他の女子たちは、同時に全力で首を横に振った。
「いやいやいや、エルミィ。それは違う。今のやり取りは、完全に“委員長キャラ”だよ」
マルカがニヤリと口元をゆがめる。
「そんでもってね……人気投票にかけると、そういう“天然キャラ”が、ぶっちぎりで一位を取るの」
――まるで、それがこの世界の真理かのように。
私は、内心で叫びたくなった。
(ちがう。私は――そんな“負ける女”じゃない!)
でも、心のどこかで――
もう、うすうす気づいていた。
(……私、焦ってるんだ)
それを悟ったのか、ノームは微笑んで、私の方へ一歩だけ近づいてきた。
「エルミィさん。私は“誰かの言いなり”じゃありませんよ。
私はただ……“誰かに必要とされること”が、うれしいだけなんです」
その言葉が、なぜか――
胸に刺さった。
……駄目だ。
どうやってもノームに“隙”がない。
私は、じっと彼女の背中を睨みつけながら、歯ぎしりする。
(……天然過ぎる。というか、隙がなさすぎる。なにこの完成された女……!)
笑えば可愛い、喋れば無邪気、
怒らせてもほんのり笑顔で受け流される。
何より――自分が“ちやほやされてる”ことに、全然自覚がないのだ。
本人が武器だと気付いていない武器。
それが一番厄介だ。
「エルミィさん? さっきの怒り……まだおさまらないなら、抱きしめましょうか?」
ノームが心配そうに近づいてくる。
その言葉すら、もう天然にしか聞こえない。
「やめてよ!! なんでその発想が“ハグ”になるの!?」
私が叫ぶと、後ろからイフリートがぽつり。
「……やっぱりエルミィ様、“委員長”の宿命だね……」
ウィンディーネは肩をすくめる。
「ノームちゃんって、もう“チート枠”だよね……。恋愛バトルのラスボス」
マルカは一歩下がって、腕を組んだまま笑っている。
「怖いわね。計算してないのが一番恐ろしい。……しかも本人が“愛されてる”ことにまるで無自覚って、手がつけられないわ」
私の頭が、きゅうっと痛くなる。
(……なにこれ、何も勝てない。誰も勝てない)
だが、ノームは――笑顔のまま、まったく悪気もなく言い放つ。
「だって皆さん、優しいから……私みたいな普通の女でも、仲間に入れてくれて、うれしくって……」
うん、弱点がなさすぎて逆にズルい。
シルフがぽそりと呟いた。
「……あれは“癒し系”じゃない。“破壊力系”よ」
ノームは、いつものようにほんわかした笑顔で言った。
それは誰に向けたわけでもない、ただぽつりと呟くように。
「マルカさんって……この旅の“不良枠”ですよね」
一瞬、空気が凍った。
ミリウスは「うわぁ言った……」という顔で視線をそらし、
ウインディーネは飲んでた水を吹き出しそうになり、
イフリートは「それ言っちゃうの!?」と口元を抑える。
マルカは椅子に座ったまま、ゆっくりとノームを振り返る。
「――ノーム、今なんつった?」
「えっ? 不良枠、ですけど?」
「……誰が?」
「マルカさんです。たぶん……“委員長と最終回で子どもを作る系ヒロイン”なんです」
「ちょっと待て」
「“命の重さ”とか“責任”とか“母になる覚悟”とか……大切なテーマを背負って登場するタイプの役どころなんですよ」
精霊三人娘はもう限界だった。
シルフは自分のスカートの裾をぎゅっと掴みながら小声でつぶやく。
「ノーム、怖すぎ……あれ、天然っていうより台本持ってるよね……」
ウインディーネは肩を落としながら。
「なんでわたし、あんな子と同い年設定なんだろう……世界線おかしくない……?」
イフリートは、まだ口を半開きのまま。
「マルカさん、逃げて……今なら間に合う……」
しかし、マルカは口元をつり上げて、静かに笑った。
「いいねぇ、ノーム。あたしに新しい役どころ与えてくれてさ――気に入ったわ。
だったら今から、アンタを**“家庭訪問にきた先生役”**に任命する。……ただし、問題児はアタシだ」
ノームは嬉しそうに笑った。
「がんばります! 保護者懇談、がんばります!」
マルカは舌打ちして言った。
「ほんと手強ぇなこのホルスタイン」
リゼリナだけが、また頷いた。
「なるほど……そう来たか。構成、見えてきたわ」
マルカは、ノームの様子をちらと見て、ぽつりと呟いた。
「……それにしても、ノームの役ってさ」
「大手芸能事務所が売り出したい新人の子が、だいたいやるんだよね。
“天然癒し系ヒロイン”。見た目はバッチリ、性格はゆるふわ。
そして気づいたら、主要男性キャラの心を全部かっさらってるっていう、あれ」
ウインディーネとイフリートが顔を見合わせて、うんうんとうなずく。
エルミィは、ちょっと震えていた。何かを堪えている。
マルカは続けた。
「でもノームの場合はさ――所属、“土の精霊”だもんなぁ。
芸能事務所で言えば……正直、小規模っていうか。まぁ、弱小」
その瞬間、ノームの指がピクッと動いた。
ほんのわずか。表情は変わらない。笑顔のままだ。
だけどマルカは、その“わずか”を見逃さない。
「……ん? 気にしてんの?」
ノームは、にっこり笑って、さらりと言った。
「気にしてないですよ? 私は私。所属がどこでも、
ちゃんと“作品”に呼ばれるなら、それでいいと思ってますし」
「大手じゃないからって、役をもらえないわけじゃないですし……ね?」
その「ね?」が、ちょっとだけ刺さる。
ウインディーネが、そっと耳打ちしてきた。
「……ノーム、声のトーン、半音だけ下がってた」
イフリートは火をゆらして答える。
「ちょっとだけ、ね。いや、ちょっとだけ……気にしてるな、あれは」
マルカは口元を吊り上げた。
「……土の精霊、案外繊細だねぇ」
ノームは、微笑んだまま、ひとこと。
「土って、傷つくと――割れますからね」
――バチン、と一瞬、空気が張りつめた。
エルミィが「ヒィッ」と言って後ずさる。
マルカは、ニヤニヤしながら肩をすくめた。
「やっぱりあんた、パーティークラッシャーの素質あるわ」
ノームは相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま――何も言わなかった。




