パン職人と小麦色の肌
「人のことをホルスタインって、何様のつもりよぉおおおッ!!」
ノーム、舞台袖から乱入。空中からの突撃。
土の神殿が揺れるほどの怒号とともに、
並々ならぬ質量の何かが上下に揺れながら着地する。
エルミィはその勢いに思わず一歩下がる。
「……うっ」
そして、心に250ポイントのダメージ。
その場が静まり返るかと思いきや、
すかさず火の精霊王の娘――イフリートが反撃。
「ぽっと出のくせに……! エルミィ様に向かって、なんて失礼なことを!」
その言葉に、なぜか切れたのはエルミィ本人。
「そうやって、庇うフリして高みから見下してるのよ……!」
「えっ」
「わたしの“無い悩み”を、本当の意味で理解できるのは、
同じ十字架を背負った者たちだけなの!!」
言い放つと同時に、彼女はゆっくりとターン。
ウインディーネとシルフの方を、ぎゅるんと振り返る。
2人の精霊、動揺。
「え、ええっ!? ちょっと待って、私たち別に“同類”ってわけじゃ――」
「失礼ね!? 私、ちゃんと“ある”わよ! ほら!」
ウインディーネは手で胸元をなぞって強調するが、
指のラインはほぼ平行線を描いていた。
「……ああ、平原って、風が通りやすいって、こういうことかぁ……」
シルフは自虐気味に風を起こしながら、乾いた笑いを漏らす。
エルミィは容赦なく畳みかけた。
「見せてみなさいよ、その“ある”ってやつを!」
「ちょっ、今!? 公開査定!?」
そのときだった。
ノームが憤怒の顔で胸を張った瞬間、
トーマスが、ごくりと喉を鳴らした。
「……小麦色の肌、か……」
そのつぶやきは、誰の耳にも届かなかった――はずなのに。
俺は、聞こえてしまった。
(おい……お前、それ“パン縛り”だったら何でもイケる口か……?)
そして俺も、だ。
どうしても……どうしても、ノームの胸から視線を外せなかった。
その揺れ。
その張り。
その豊穣の丘のような、神の彫刻を思わせる立体感。
(いや、見るな。見るんじゃない俺。お前にはエルミィが――)
横目でエルミィを見ると――
空気が凍っていた。
エルミィの頬が引きつっている。
指がテーブルをメキメキと押しつぶしている。
(……あ。これヤバい。)
マークワンが即座に反応した。
《警告:エルミィ様、体温上昇・血圧上昇・殺意反応値132%。
対象:ミリウス及びトーマス》
トーマスは気づかず、パン職人としての本能に従い続けていた。
「……このふくよかさ……発酵前の理想的な弾力……いや、最高の焼き上がりが想像できる……!」
(おい何言ってんだお前!)
「生地としての完成度が高すぎる……! これぞ土属性……ッ!」
ノームはなぜか照れたように少しだけ肩をすくめ、
エルミィはすっと立ち上がった。
「……マークワン。バリア解除」
マークワンの光学フィールドが音もなく消えた。
俺は顔を青くして、すぐさまエルミィの手を取った。
「わ、わかった、悪かった、ちゃんと見るから! じゃなくて、見ないから!」
エルミィは微笑む。
けれどその笑みの奥に、奈落が見えた。
(やばい。俺、今夜は寝袋じゃなくて墓穴に入るかもしれない……)




