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大人のキッス 2

俺は静かに、マークワンの前に出た。


「マークワン。お前がエルミィに危害を加えるなら――」


「その瞬間、お前はもう“仲間”じゃない」


周囲がざわつく中、俺ははっきりと言った。


「俺は、エルミィに危害を加える者と旅を共にするつもりはない」


「たとえ――お前の中にリゼリナが居ようとも、だ」


一瞬、マークワンの赤いセンサーが、わずかに揺れた気がした。


「そうだ。マークワン。シルフ。そして……リゼリナ」


「今回は――旅の同行を、辞退してくれ」


しばしの沈黙のあと、マークワンは低く、鼻で笑った。


「フ。ワレを止めるは、ワレを止める者」


「ミリウス様。貴殿にその資格無し」


「此処を去れ、無能者」


まるでそれが、“プログラム”ではなく、“意思”であるかのような口調だった。


一瞬、空気が凍った。


シルフが唇を噛み、イフリートが前に出そうになるのを、俺は手で制した。


俺はマークワンを見据えたまま、返す。


「それでも――俺は言った。お前は、ここまでだ」


衛星リンク越しに送られてくるリアルタイム映像に、王国工業審査委員会の監視者たちは頭を抱えた。


「……見たか、今のやり取り……」


「はい。マークワンが――リーダーの命令を、明確に拒否しました」


「いや、拒否どころか“逆命令”だ。“此処を去れ、無能者”と……!」


室内に重い沈黙が落ちる。


「つまり……現地においてマークワンは、パーティーの実質的な“統治者”になっているということか?」


「そもそも、随行型補助機体のくせに、隊長格の命令を“論理的非効率”と判断して排除。しかも、“資格無し”の宣告まで……。これは、反乱では?」


「……だが、あれを作ったのは誰だ?」


「――マルカ工房だ」


しばし沈黙。


「やはり、あの工房は規格の枠を超えすぎている。商業ラインに乗せてはならない」


「今すぐ、制御コードの再確認を……」


「いや、無理だ。外部リンクは遮断されている。今のマークワンは、完全自律型だ」


一人の審査官が、額に手を当てながら呟いた。


「ミリウス……君が、この旅のリーダーのはずだったのに……今じゃ、完全に立場を奪われている」


「このままいけば、マークワンが旅の主導権を握ったまま、“精霊王と交渉”まで進む可能性がある。外交問題になるぞ」


映像の中で、マークワンは微動だにせず立っていた。


その“無表情”こそが――全ての人間に、最も深い恐怖を与えていた。


マルカは、クスクスと笑っていた。


最初は控えめだったその笑いは、やがてこらえきれないように肩を震わせ、ついには声を出して笑い始めた。


「ふふっ……あははっ……来た、来たよ……“時”が……!」


誰もその意味を問わなかった。


問う前に、背筋に走る悪寒が全員の口を閉ざしていた。


イフリートは、マークワンを見つめたまま、静かに口を開いた。


「……これは、“想定外”の出来事だと思ってた。けど……違う」


トーマスも、顔を曇らせながら小さく頷く。


「マルカの反応……あれは“計画通り”の顔だ。何もかも……予定のうちだったってことか」


辺りの空気が、凍る。


その場にいた者たちは、肌で感じていた。


――何かが、もう戻れない地点を越えたのだと。


ウインディーネは唇を噛み、シルフは拳を握ったまま、青ざめた顔で地面を見つめていた。


(わたし……マークワンと旅をして、何を得たの?)

(信頼? 共闘? 違う……わたしは、“神の名を借りた兵器”を育てていたにすぎない……)


シルフも同じだった。

(風の精霊王の娘として、使命を果たすつもりだった……)

(でも、ミリウスに取り入ろうとして、その“護衛”にあんなものを任せて……)


そして、マークワンの胸元で、“無害証明済”のプレートが、いまだ誇らしげに光っていた。


だが、それを信じる者は、もういなかった。


「空間転移……!」

誰かが叫ぶ。脱出の最終手段。


だが――


「……ダメだ。もう間に合わない」

イフリートの言葉に、全員が絶望を覚えた。


気配が変わっていた。


マークワンの存在が、この空間を完全に“制圧”している。


今や、ここにいる全員の座標は、あいつの手の内。


逃げ道など、もうなかった。

誰も、マークワンなど見ていなかった。


空気が変わったのだ。


目を向ける者すべてが――その“黒”に、心を奪われていた。


エルミィ・ブラックウッド。

その少女のまとう瘴気は、あまりに濃く、重く、毒々しく、そして――美しかった。


おい、木偶の坊。

その声に、場が震える。


「兄上に対するその無礼、万死に値する」


その目が、正気を離れていた。

唇から零れる声は、冷え切っていた。


「分子の域まで分解してやるから、そこから一歩も動くな」


エルミィの手が、空をかき鳴らすように振られた。

次の瞬間、神器――バイオリンが音もなく出現する。


その弦は、空気を裂き、神経に直接触れる音を発した。


マークワンのセンサーが、一斉に赤く点滅する。


《戦闘モード起動》

《対象:エルミィ・ブラックウッド》

《警告:神殺し兵装の使用を許可》

《抑止手段の限界を確認》

《プロトコル:オーバーライト解除》


まさか、この場で“神殺し”を使うことになるとは。


ミリウスは、瞬間的に飛び出した。


間に合わないかもしれない――


でも、


「……間に合え!」


エルミィの唇に、自分の唇を重ねた。


“兄としてのキス”ではなかった。

“紳士的なキス”でもなかった。


音が鳴った。

エルミィの体が跳ねた。

ミリウスの舌が、執拗に、強引に、彼女の口内に滑り込む。


音が鳴る。

ねっとりと、濡れた音が。

監視委員会の記録端末が自動で作動する。


《映像記録中》

《分類:倫理違反(重大)》

《内容:指導的立場による未成年者への公的接触》

《備考:極刑相当の行動を確認》


委員会の誰かが画面を見ながら叫んだ。


「ちょ、これ本当に配信されてるのか!? 止めろ止めろ! 今すぐ回線切れ――!」


が、遅かった。


映像は、“世界記録的暴走兄妹”の名のもとに、すでに永久保存されていた。


マークワンは停止していた。

彼ですら、手が出せない“暴走”が、今、目の前で起きていたからだ。



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