国際土木用人形を平和に使用する為の監視委員会。
マークワンが静かに一歩、前に出た。
そして、機械とは思えないほど滑らかに言う。
「今回の一件。風の精霊王の娘、シルフ様に対して――」
「ワシは謝罪をせねばならん」
一同が息を飲む中、続ける。
「ワシの行動により、シルフ様の肩が消し飛んだ。これは明らかな損壊行為。償いとして、土の精霊王までの旅路を同行し、その道中で謝罪の機会を得たいと考えている」
あまりにも理知的な語りだった。
あまりにも“人間臭い”意志表示だった。
だが、それが余計に不気味だった。
――どこまでが本気で、どこからがマルカの“台本”なのか。
誰にも、分からなかった。
王国工業審査委員会。
その会議室では、同時刻――映像越しに、世界が揺れていた。
「マルカ工房の土木作業用人形が、旅先で“謝罪”を口にしたと……?」
「ええ、そして“償いの旅”を自ら申し出たとのことです」
会議室がどよめく。
「……自我があるのか?」
「プログラムにしては、あまりに感情的すぎる」
「でも逆に、“人間らしさ”を演出することは最も簡単な擬似行動だ。最も恐ろしいのは、その発言を信じてしまうことだ」
「いや、待て。そもそもマルカ工房の製品が制式採用されなかった理由は、“オーバースペック”と“軍事転用可能性”のせいだろう?」
「その通り。あの人形、手を少し変えるだけで戦闘用兵器になる。いや、現にもうなっている」
A国とB国の軍事代表は、映像に映るマークワンの姿を前に、口元を押さえていた。
「……敵国に渡れば、三日で戦争が終わる」
「だがその後、我々は……ただの属国になるだけだ。平和の代償として」
──そして、現地に戻る。
「ふざけないで!」
エルミィの叫びが、場を貫いた。
一瞬の静寂。
ピッ。
マークワンが、冷たく光る。
《警告:エルミィ・ブラックウッド様において、敵対的兆候を検出》
《心拍数上昇/発汗反応/呼吸変調》
《自己防衛モード:発動準備》
《対象に限定的抑止攻撃を加える》
「ちょ、ちょっと待ってマークワン! それは違う、ただのヤキモ──」
ミリウスの言葉は、回転音にかき消された。
内部機関が回る。冷却音が空気を裂く。発光する抑止光。沈黙。
「ヒッ……!」
エルミィが顔を青ざめさせた。
視線が揺れ、唇がかすかに震えている。
誰も、気づかなかった。
ウインディーネの足元に――小さな水たまりができていたことに。
水の精霊が、水分制御を忘れるほどに――怯えていた。
シルフもまた、エルミィとマークワンのやり取りを見つめながら、胸の内で呟いていた。
(……なんで……なんで、旅の同行なんて願い出たの、私……)
誰も知らない。
その謝罪が、本当の“贖罪”なのか。
それとも――マルカの、仕組まれた“計略”の一部なのか。
分かっているのはただ一つ。
次にマークワンが笑ったら、誰かが泣くかもしれないということだけだ。
それでも尚、持論を曲げない者がいた。
火の精霊王の娘――イフリート。
場の空気が重く凍る中で、彼女だけは冷静に、そして静かに言葉を紡ぐ。
「……何故、エルミィ様はあんな傀儡人形を恐れるのかしら」
目を伏せたままのエルミィをちらりと見てから、視線をトーマスに送る。
イフリートの瞳は、揺らがない。
「操られるだけの存在。プログラムされた範囲でしか動けない傀儡。なのに……エルミィ様のその恐れは、何を見ているの?」
トーマスは、目を瞑ったまま黙っていた。
やがて、ゆっくりと息を吐き、言葉を搾り出すように呟く。
「火は、熱い。触れれば分かる」
「でも……あれは、見るだけで焼かれる気がした」
沈黙が落ちる。
その言葉に、誰も返さなかった。
イフリートは、じっとマークワンを見据えた。
その胸に輝く“無害証明済”のプレートが、
今だけは――妙に、空々しく光っていた。




