マルカは脳筋
俺は――やっと、思い出した。
俺たちの目的。
この旅の、次の試練。
「……火の鳥を捕まえること」
それが、風の精霊王から出された試練だった。
つまり。
目の前の、命の恩人を――
俺たちは捕まえて、皿の上に乗せなければならなかった。
それは、明確に――“人としてやってはいけないこと”だった。
シグルは、俺たちを助けてくれた。
冗談めかしても、過去は重い。
焼かれかけて、逃げて、それでもまた――食べられそうになってる。
(……このままじゃ、また同じことになる)
俺は心の中で、選択肢を並べてみる。
──このまま、試練を果たすか。
──それとも。
「……シルフと契約しようか」
思わず、口から漏れた。
エルミィがびくりと反応した。
「お兄ちゃん……今、なんて?」
俺はまっすぐ、彼女の目を見る。
「風の精霊王には、“試練は果たされた”と思ってもらうしかない。
シルフと契約して、証をもらって――シグルには、指一本触れさせないようにする」
「それが……人としての答えだと思う」
シグルは、目を丸くして俺を見ていた。
「……君……それ、本気で言ってるのかい?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「本気だよ、シグル。
お前を皿の上に乗せるなんて、俺にはできない」
風が吹いた。
……やけに、優しい風だった。
全員が沈黙する中で――黙っていたマルカが、ゆっくりと口を開いた。
「そもそもね」
その声は、軽いようで、重かった。
「シグルはイフリートの姉のものだった。
風の精霊王が“食べる”って決めたわけじゃない」
「披露宴? それも、イフリートの姉と、シルフの姉の話でしょ?」
「……どっちも、もう終わってるのよ。とっくにね」
マルカは、ため息まじりに肩をすくめた。
「だからシグルを皿に乗せる“予定”は、少なくとも今この場では存在していない」
「なのに皆、なんでそんなに“料理の話”ばっかりしてるのかしらねぇ?」
ウインディーネとイフリートが、バツの悪そうに視線を逸らす。
エルミィは、口を閉ざしたまま、やっぱり何も言わない。
マルカは、マークワンに目をやる。
「……まあ、いざとなったらうちのマークワンの火力で、全部片づけられるんだけど」
マークワンは何も言わなかったが――武装のひとつが、さりげなく解除された。
俺はそっと息を吐いた。
(マルカはいつも、現実を見てる)
だからこそ、たぶん――
俺がこの場で言った“契約”って言葉に、もっとも失望してるのはマルカかもしれない。
それでも、俺はもう決めていた。




