風の精霊王
残りの三日間の行程は、特に戦闘もなく静かに過ぎた。
目的地──ルカに教わった場所に到着してみると、そこはただ風が吹きすさぶ広い野っ原だった。見渡す限り何もない。
「……ここで合ってるんだよな?」
俺は少し不安になりながら、ウィンディーネを呼び出す。
「ウィンディーネ!」
風とともに現れた彼女は、いつもの調子で言った。
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン!」
「……それ、絶対言うんだな」
「契約上の習わしよ。“型”ってやつ」
「そういうもんか……」
俺はなんだかんだで納得してしまう。
「それで、風の精霊ってどこに?」
「もう、あなたのまわりにいるわよ。最初から」
言われて俺は空に向かって声をかける。
「風の精霊よ! 姿を現し、俺たちに姿を見せよ」
瞬間、空気が渦巻き、風をまとった男が俺たちの前に姿を現した。
「……我が名はマコト。風の精霊王である」
その名に似合わぬ風格と、風を背負うような佇まい。見た目は完全に威厳ある中年男だった。
「そなたに、試練を授けよう」
マコト王がそう告げる。
「西へ四日、馬車で行った先に“火の鳥”が住んでいる。その鳥を捕らえよ。果たせたなら、風の精霊の証をそなたに預けよう」
──ついに来た。精霊からの試練だ。
マルカが訊ねる。
「その火の鳥って……フェニックスのことですか?」
「人間の呼び名では、そうらしいな」
マコト王はふと何かを思い出したように言う。
「案内役として、我が娘を同行させよう。名は──シルフ」
(……シルフ!?)
驚いた俺の声が漏れる。
「“シルフ”って、風の精霊の種族名じゃ……?」
「その名を持つに値する者に、我が娘は育った。風を知り、風をまとう者。やがて風を束ねるだろう」
そのとき、風の中から一人の少女が現れた。
淡いミント色の髪が風に揺れ、透明な衣がたなびく。透き通った声で彼女は微笑んだ。
「ごきげんよう。私はシルフ。火の鳥のもとへ、あなたたちを導きます」
──まさに風の化身と呼ぶにふさわしい少女だった。
その姿を見たマコト王は、ふと真剣な目で俺に視線を向けた。
「……まさかとは思うが、お主、わしの可愛い娘を狙ってはおるまいな?」
唐突なその言葉に、俺はすかさず返した。
「狙ってません。というか──俺のパーティーには、火の精霊王の娘と契約してる奴がもう居ますので」
一瞬、静寂が走った。
マコトの目が細くなる。
「……なんじゃと?」
俺は後ろを振り返る。
「エルミィ。イフリートを呼び出してくれ」
エルミィは無言で頷き、足元に赤い魔法陣を展開する。燃え盛る炎の中から現れたのは──巨大な存在感を持つ、火の精霊王の娘・イフリートだった。
イフリートは堂々と歩み出て、低く響く声で言い放つ。
「この娘は我が一族の王と体液を交換した者。我が魂を継ぐ者。」
俺はもう少し言い方ってもんが。
ウィンディーネがぽそりとつぶやいた。
「……精霊王の娘が三人揃ってるパーティーなんて、なかなかないわね」
マコト王は、しばし沈黙したのち、苦笑を浮かべてひとつ頷いた。
「なるほど。そなた、なかなかやるな……」
「最初からそのつもりでしたよ」
マコトが視線を逸らし、そっとシルフを見やる。
「シルフ、手出し無用だぞ」
「ふふっ。分かってる。彼の風は、もう誰かのもののようだから」
エルミィはほんの一瞬、頬を染めて目をそらした。




