精霊法
俺たちは臨時会議を開くことになった。
「……俺、50%の確率で“末娘”を差し出されてるんだよな。 ってことはさ、残りの二つの精霊王も、何かしらあるよな……」
俺の言葉に、エルミィが不機嫌そうな顔――いや、不真顔で睨んでくる。
「お兄ちゃん……ハーレムでも作りたいの? 私がいれば充分でしょ?」
「……ごめん、エルミィ」
トーマスは腕を組んで思案顔。 マルカさんは隣で「実験体が増える……」とか、物騒なことを小声で囁いている。 リゼリナさんは無言。黙ったまま、コップに水を注いでいた。
その水面には、ウインディーネの姿がふわりと投影されている。 彼女にも、会議に参加してもらっていた。
「多分だけど、その契約……無効だよ」
ウインディーネの一言に、全員が顔を上げた。
マルカはすぐさまマークワンに指示を飛ばす。
「マークワン、該当条文を確認して」
《了解。検索中……精霊法 第十二章、第五節 “契約成立の条件” に抵触》 《分析結果:対象契約において必要な意思確認および魔力の合意が不十分》 《契約は不成立であります》
「……え、マークワン、なんでそんな精霊法詳しいの?」
俺の疑問に答えたのは、マルカだった。
「ルカからね。『初心者にも優しい精霊法』っていう基礎書籍をもらったのよ。 それをまるごとマークワンのデータベースに流し込んだの」
「ルカ曰く、精霊法は“いつか役に立つ日が来る”って。 ……で、早速役に立ったわけ」
マルカが肩をすくめる。
エルミィは契約が無効とわかって、ほんの少し――嬉しそうに笑った。
エルミィは、そっとウインディーネの映る水面に向き直った。
何も言わない。でも、その視線には明確な問いがあった。
ウインディーネもまた、静かにそれを受け止めていた。 そして、淡く微笑んで言った。
「ごめんね、エルミィ……私たちは、契約が成立するの」
その瞬間、エルミィの顔から血の気が引く。 視線がわずかに揺れたまま、救いを求めるようにマークワンを見る。
だが――
マークワンは、沈黙していた。
何も言わない。その無言が、すべてを語っていた。 つまり――ウインディーネの言葉は、事実だった。
俺は、重たくなりそうな空気を切り替えるために立ち上がり、 眠っていたイフリートに近づいた。
「悪いな。ここまでだ」
そう言って、イフリートの頬を、軽くぺちんと叩いた。
イフリートは、涙目になりながら訴えてきた。
「私……あの事件、姉たちの暴走には参加してないの……! 正直、姉妹仲も良くないし……」
「実家じゃ、ずっと雑用係扱い。 毎日こき使われて、火山の清掃とか、溶岩調整とか……!」
「機会があれば、家を飛び出そうって、ずっと思ってたのよ……!」
そこまで言ったところで、エルミィが一歩前に出た。 笑顔は柔らかいが、目がまったく笑っていない。
「ふうん……雑用がイヤで逃げ出したんだ。 それくらいで根を上げるようじゃ、とてもじゃないけどブラックロック家の嫁は務まらないわね」
「さっ、早く帰って別のお婿さんを探して。さあさあ、ほらほら」
その言い方は、もはや昭和ドラマの嫁いびり姑そのものだった。
俺もトーマスも、なんとも言えない顔をして目を逸らす。
そこへ、マルカが口を開いた。
「でも――イフリートが姉たちの“事件”に関わってないのなら。 私は、旅の仲間として受け入れてもいいと思うわよ?」
イフリートは涙目のまま、マルカを見上げた。 そこには、ほんの少しだけ光が戻りつつあった。
──
エルミィはとっておきのカードを切る。
「マルカを信じちゃ駄目。実験体にされるだけだよ」
エルミィはそんなに俺に余分な女性を近づけたくないのか、 マルカさんの邪魔をする悪手を取った。
だがマルカは悪びれもしない。 イフリートに向き直って、さらりと尋ねる。
「で、どうする?」
イフリートは一瞬だけ迷った末に、小さく頷いた。
「姉たちのもとに戻らなくていいのなら……私は、マルカの実験に付き合うわ」
その一言で、場が静まり返った。
……イフリートの姉たちって、普段どれだけヒドい扱いをしてるんだ。
エルミィは、とっておきのカードが不発に終わり、口をつぐんでしまった。
──
今の話は、当然ながらウインディーネにも聞かれていた。 だが彼女は、それについて特に反応を見せることもなかった。
現時点で、精霊たちはマークワンにまったく歯が立たない。彼女自身それを理解しているのだろう。 いくら自分を調べても、戦力差は埋まらない。だからこそ気にも留めていない。
それよりも――
ルカが渡した『初心者にも優しい精霊法』という書籍。 それは、本来知らせてはならない“精霊の理”を、人類側に明かす行為だった。
そしてそのデータが入っているのがマークワン。
このふたりが組めば、下手をすれば精霊界の歴史すら閉ざすこともできるかもしれない。
「……ルカさん、あなたの罪は重いよ」
俺はそう思った。いや、それでも俺は――助かったんだけどさ。




