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ラグナロック

宿屋は比較的大きく、今夜は仲間全員が同じ場所に宿泊できた。

夕食の前に、修行でかいた汗を流すため、ミリウスはトーマスを連れて浴場へ向かった。


湯に浸かりながら、ミリウスは問いかける。


「トーマスの体術って、どこで習ったんだ?」


「自己流だよ。昔、あちこち旅しててな。まさか今になって役立つとは思わなかったが」


「そうか。……俺、無意識にウインディーネを召喚したけど、彼女はお前に殺意はなかったと思う。もしあったら、最初の一撃で首が胴体から離れてただろう」


「ミリウス、お前は平然と恐ろしいことを言うな。でも俺もそう思うよ。ウインディーネは私闘を止めに入っただけだったし、すぐに治療もしてくれた」


ミリウスはふと湯面を見つめて呟いた。


「……マークワン。本当にただの土木作業用人形なのか? マルカさん、何か隠してる気がしてならない。訊いてもいつもはぐらかされるし」


そのとき、水面から声が響いた。


「ラグナロック……」


「ウインディーネ? そこにいるのか?」


「奴がいる場所には近づきたくないんでね。水の妖精たる面目躍如ってやつさ。水面を通して声を届けてる。……安心して、ミリウス。裸は見てないから」


一方その頃、女子浴場ではエルミィ、マルカ、リゼリナの三人が湯に浸かりながら、女子会を楽しんでいた。

エルミィはシャンプーをこれでもかと泡立てて、頭の上に塔のように積み上げてはしゃいでいる。


「見て見て、塔建設完了!」


「泡で建築って、あんた一体何の修行してんのよ……」とマルカが呆れ、苦笑する。


ふとマルカが言った。


「ラグナロックってね、“神々の黄昏”の通称。無力な人間が神の争いに抗うために作った試験機、それがマークワン。だけど、マークワンは独自に進化を始めたの。

それを危険視した西の正教徒教会は、製作者の拿捕、それが叶わなければ排除、マークワンの完全破壊と関連資料の焼却を命じた……信じる?」


リゼリナは一拍おいて吹き出した。


「なにそれ、中二病特盛セット。信じるわけないでしょ!」


「……ですよね〜」とマルカは肩をすくめたが、その目の奥には誰にも気づかれない影が揺れていた。


やがて午後八時になり、情報交換の時間が迫る。


ミリウスの前の水の入ったグラスに、ウインディーネの姿がふわりと投影される。

彼女は今、風の精霊王の屋敷に到着し、個室を与えられているという。今のところ特に問題もなく、むしろ歓迎されているらしい。

グラスの中では、彼女が葡萄を口に投げ入れている映像が見える。


「風の精霊王の試練について、何か掴めたか?」


ミリウスの問いに、ウインディーネは淡々と答える。


「精霊法に従って、全員が揃うまでは内容の開示は行わない方針らしいわ。でも、風の精霊王自身は、皆の到着を心から待ちわびているわ」


そのとき、風の精霊王から“マークワンの動力に関する情報を開示せよ”という要請が届いたと伝えられた。


「いかにも、あの風の精霊王の考えそうなことだわ……」

マルカは苦々しく呟く。


「マークワンの動力は、人類にとっての希望。その秘密を精霊に教えるなんて」


ミリウスは静かにマルカの目を見て言った。


「原子力、でしょう?」


マルカの瞳が見開かれる。「なぜ、それを知っているの……?」と言いたげな顔。

ミリウスは懐から手鏡を取り出し、静かに差し出した。


「あなたが馬車の中で、俺に教えたんですよ。……忘れましたか?」


マルカは苦笑を浮かべ、鏡をそっと押し返した。


「……あんた、そういうところ、嫌いじゃないわよ」


だがそのとき、水面のウインディーネが気まずそうに視線を逸らす。


「……あの、それなんだけど。私、それ……風の精霊王に教えちゃった」


「……おい」


「だって、“人類の技術の粋”って語ってたら、つい熱が入っちゃって……ごめん」


マルカはこめかみに指を当て、深く息を吐いた。


「……最悪ね。あの風のバカ王、絶対に面白がって何か仕掛けてくるわ」


数秒の沈黙ののち、マルカは静かに呟いた。


「──それも、アカシックレコードに刻まれた運命のひとつなのかもしれないわね」


「アカシックレコード……?」

ミリウスが聞き返す。


「この世界に存在する、すべての出来事、思考、感情、行動が記された“運命の記録”よ。過去、現在、未来までも……誰にも見えないけれど、確かに存在すると言われてる。神の図書館、よ」


そしてマルカは、少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。


「……計画の秒針を、進める時が来たわね」


水面に映るウインディーネの姿が静かに揺れ、ゆらめきながら消えていった。

その波紋は、まるで世界の奥深くで運命が動き出す音のようだった。






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