草の味 土の香り
馬車は、日が暮れる前に次の宿泊地である小さな村に到着した。
ミリウスはトーマスを誘い、村の外れにある広く開けた野原へと向かう。
ここなら誰の目もなく、思う存分修行に打ち込めそうだ。
昨晩と同じく、ミリウスは木刀を握って上段に構える。
トーマスもまた、変わらずその正面に立った。
「昨夜は一度もトーマスに触れることができなかった。……でも今日は、必ず一太刀入れてみせる」
内心そう誓うミリウスに、トーマスは笑いながら言った。
「気合が入ってるのはよく伝わってくるが、それだけじゃ駄目だ。
いつでも動ける体勢を意識しろ。上段の構えは相手に圧をかけるにはいいが、胴を狙われたら、それで終わりだ。
まずは攻撃より防御を考えろ。構えは――中段だ」
ミリウスは無言で頷き、中段に構え直す。
だが次の瞬間――その動きに紛れて、ミリウスは素早く一歩踏み込んだ。
「……今だ!」
構え直すふりをして、重心を低く保ち、不意を突いてトーマスの脇腹へ木刀を打ち込もうとする。
だが──
「甘い」
トーマスはほとんど反射のようにミリウスの動きを見切り、体をひねって軽く避けた。
そのまま無駄なく足を絡め、見事な足払いを繰り出す。
「わっ!」
ミリウスの片足が空を切り、視界が一気に地面へと傾いた。
顔から地面に叩きつけられ、草と土の感触が容赦なく襲いかかる。
「がっ……は……!」
鼻先がズキズキと痛み、唇には草の味。顔には土がべったりとついていた。
「今の俺の一撃、もし刃だったら……確実に死んでいたぞ」
トーマスが静かに言葉を落とす。
「無闇に攻撃を仕掛けるのは、無策と同じだ。
これからの旅で、俺が知っていることはすべて教える。ミリウス――ここからが本当の修行だ」
結局その日、ミリウスは一度もトーマスに一太刀を浴びせられず、日没と共に稽古は終了とそうつぶやく彼に、トーマスは無言で治療の呪文をかける。
淡い光がミリウスの体を包み、擦り傷はたちまち消え去った。
トーマスは――治療師としても一流だった。
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