2人の独白
誰にも気づかれないほどの小さな揺れ。
けれどそれは、確かに私の心の揺らぎだった。
(……ちょっと待ってよ、お兄ちゃん)
(なんで勝手に、新しい女を作ってるの?)
契約も、誓いも、未来も。
全部、私が先だったのに。
恋人期間も踏んで、家族にも認められて、私はあなたと歩む準備をしてきた。
なのに、名前を呼んだだけで婚約なんて――それで、すべてが上書きされるの?
(私は、“一番”じゃなきゃイヤなの)
誰よりも早く、誰よりも深く、あなたを想ってきたのに。
なのにどうして、そんなふうにあっさりと――
でも、私は笑った。
礼儀正しく、気丈に、誇りを持ってふるまった。
その“演技”が、私なりの矜持だった。
ウィンディーネに、感謝を述べる時も――そう。
(彼女は、私の一番の男の命の恩人)
だから私は、心をふるいたたせた。
声を震わせないように、胸を張って、彼女に向き直った。
「ありがとう、ウィンディーネ」
ちゃんと御礼を言えた。
声は震えなかった。
そして――
「50点、だな」
導師の言葉が、その場の空気をやわらかく変えた。
お兄ちゃんに気付けってヒントを与え
た。でも彼は気付かない。
(ありがとう、導師)
ほんの少しでも気づいてくれれば、それでいい。
私は、それだけでまた立ち上がれるから。
けれど、それでも――心の奥では言葉がにじんでしまう。
(……お兄ちゃんのヴァカ!)
*
エルミィの紅茶を持つ手が、かすかに揺れた。
気のせいだろうかと思ったけれど――いや、気のせいじゃない。
あれは、彼女なりの“感情の表れ”だった。
完璧な笑顔、整った所作。
強くて誇り高い彼女だからこそのふるまい。
けれど、今日のそれは、少しだけ――無理をしているように見えた。
(気づいてたよ、エルミィ)
気づいていたのに、俺は……言葉を選びきれなかった。
どう踏み込めばいいのか、わからなかった。
そんなとき、導師が言った。
「50点、だな」
それはただの減点じゃない。
あの場を守るための演出だった。
俺が“まだ気づけていないふり”をすることで、
エルミィが堂々と立っていられるように――
誇りを保ったまま終われるように。
師匠、ありがとうございます。
俺にわざと低い点をつけて、空気を作ってくれた。
そうでなければ、エルミィは……いや、彼女はそんなに脆い子じゃない。
でも、誰だって、ふと崩れそうになる瞬間はある。
その瞬間を、導師がそっと支えてくれた。
本当は、俺がそれをやらなきゃいけなかったのに。
(……気づくのが遅くて、ごめん)
(そして――ありがとう、師匠)




