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ふと夜中に思い出して頭を枕で抱えて両足をバタバタさせるやつだ。

俺は、隣に立つトーマスの目を見る。

だがトーマスは、わずかに気まずそうに視線を外した。


「ミリウス、おめでとう」


そう言って、トーマスは小さく笑う。


「ウェディングケーキなら俺が作れる。任せとけ」


(……ウェディングって言っちゃったよ)


その横で、水の精霊王ローが豪快に口を開いた。


「婿殿! うちの娘は後宮にでも放り込んでおけばいいですよ!」


(おい待て、さっき結納返しとか言ってたよな!?)


たまらず俺は、ローに問いかける。


「娘さんのこと……可愛くないんですか? もう少し、大事にした方がいいと思いますけど」


ローは一瞬きょとんとした顔をし、それから穏やかに笑った。


「子どもを可愛くない親なんて、いませんよ。

でもね、可愛いからこそ、本人の意志を尊重したいんです」


(……その“意志”が問題なんだよ)


俺は思う。

ウィンディーネが性格破綻者に育ったのは、この親の影響じゃないか。


ふと気づく。

この場に、エルミィの姿がない。


「……あれ、エルミィは?」


俺の問いに、マルカがやわらかく微笑んで答えた。


「エルミィなら、まだ寝てるわよ。大丈夫、あなたのことは何も知らないわ」


(……それはそれで怖い)


俺は思う。

もしエルミィが、ウィンディーネとの“婚約成立”を知ったら……どうなるんだろう。


トーマスが、俺の肩に手を置いた。


「エルミィのことは、俺に任せてくれないか?」


俺は心から、深く頭を下げた。


「……頼む」


そのとき、無線スピーカーからリゼリナの声が流れた。


「ミリウス……今は心から祝福できないけど、

いつか、ちゃんと祝福してあげられると思う。だから、待っていて」


(……空気になってたけど、ちゃんと聞いてたんだな)


そして――もう一人、完全に背景化していたルカが、突然口を開いた。


「おめでとうございます、ミリウスさん」


(いや俺たち何もやってないんだけど!?!?

ただ俺がうっかり“娘の名”を呼んだだけなんだけど!?)


すると、マルカが何食わぬ顔でさらなる爆弾を投下する。


「ねえ、後宮の話なんだけど。

私の工房の敷地内に建てるのはどうかしら?」


「……え?」


「未だ精霊のこと、よく分かってないし。

観察も研究もしたいのよ。隅々まで、ね?」


(隅々って言ったよこの人……!)


ウィンディーネはマルカの方を無邪気に見上げ、ふんわりと笑った。


「マルカさんって、やっぱりすごく優しい人だね」


(……あのさ、ウィンディーネ。

お前、ほんとに気づいてないのか?)


俺は静かに、心の中で祈るように思った。


ウィンディーネ、本当に怖いのはマークワンじゃない。早く、マルカさんに気づけ。頼むから。


俺はふと、今日の出来事を思い出してしまった。


「……心から呼んだら婚儀成立……って、何だよそれ……!」


寝返りを打って、枕を顔に押し当てたまま、バタバタと両足を暴れさせる。


「結納返し!? 後宮!? 観察!? 隅々まで!? 俺、何もやってないのにぃぃぃ!!」


あまりに恥ずかしくて、馬車の壁に頭突きしたくなる。


──これは、間違いなく。

何年経ってもふとした夜に思い出して、枕を抱えて転げ回るやつだ。


(……どうしてこうなった)


月明かりだけが、静かに俺を見下ろしていた。


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