お父ちゃん
リゼリナは黙ったまま、ウィンディーネを見つめていた。
「ウィンディーネ……あなたが、私に呪いをかけたの?」
ウィンディーネは怯えるように叫んだ。
「お助けください! お大尽様!」
トーマスは呆れたようにため息をついた。
「リゼリナ、それじゃウィンディーネは何も話せないよ」
俺はマルカの方を見た。
「マルカさん、何か……いい案はありませんか?」
マルカは小さくうなずきながら答えた。
「マークワンの格好のままじゃ、ウィンディーネはまともに話ができないみたいだね」
彼女は静かに道具箱を開け、何かを取り出して言った。
「武士の情けってやつだよ。無線スピーカーをマークワンに繋ごう。リゼリナの姿が見えなければ、ウィンディーネも話せるはずだよ」
リゼリナはしばらく無言のまま立ち尽くしたが、やがて静かにうなずいた。
「……ウィンディーネと話したいのは山々だけど、やっぱり……私、席を外すべきよね」
彼女がその場を離れると、俺はウィンディーネに向き直った。
「ほら、お前の“怖いマークワン”はいなくなったぞ」
ウィンディーネは周囲を見回し、不安そうに目を揺らす。
そのとき、無線スピーカーからリゼリナの声が響いた。
「ウィンディーネ……やっぱり、あなたが私に呪いをかけたの?」
ウィンディーネは少しの沈黙の後、か細い声で答えた。
「……はい」
マルカが低く俺に問いかける。
「で、どうする? ウィンディーネに詰め腹を切らせるか?」
すかさず、無線越しにリゼリナの声が割って入った。
「お願い、あまりウィンディーネをいじめないで」
マルカは肩をすくめた。
「リゼリナがそれでいいなら、私は別に構わないけどね」
リゼリナの声が少し熱を帯びて続いた。
「私は……ウィンディーネを許そうと思う。
まだ心には、わだかまりがある。……けど、それでも――
私は、彼女を許さなければいけないと思うの」
「さっきマルカの話を聞いて、気づいたの。
精霊も自然界の一部。
その精霊の行動を人が妨げることは、自然の法則に逆らうことになる。
自然は、ときに人を殺す。
……それを、私たちは忘れている」
ウィンディーネは鋭く俺たちを睨みつけた。
「――お前たちが作った人工物で、私の川は濁った。
私はただ、静かに暮らしていたかったのに。
なのに、お前たちが踏み込んできた」
そのとき、誰かの声が響いた。
「ルカ!」
視線を向けると、ルカが見知らぬ男性を連れて現れた。男は長身で、自然の風を纏ったような雰囲気をまとっている。
ルカが紹介する。
「こちらの男性は……ウィンディーネのお父さんです」
ウィンディーネの目が見開かれ、震える声が漏れる。
「……お父ちゃん。」
男はどっかりと構えたまま、ゆっくりと口を開いた。
「おうおう、なんですかい。
うちの可愛い娘を雁首そろえていじめてくれてんですか?」
「たしかにこの子、チートばかしでいたずらっ子だったかもしれませんよ。
でもね、それで寄ってたかって責めるってのは、ちょっとやりすぎじゃないですか?」
マルカが思わず口を開きかける。
「マークワンの――」
「ちょっ、待った!」
俺たちは慌ててマルカの口をふさいだ。
その緊張をよそに、ルカが一歩前へ出て語った。
「……私がウィンディーネをマークワンに封じました。
彼女はその罪を償わなければなりません。
お願いです、この方と一緒に、彼女を三大精霊王のもとへ連れて行っていただけませんか」
マルカが小さく笑って言った。
「ふふっ……ルカも、ずいぶんいい趣味してるじゃない」
ルカは真剣なまなざしを向け、語気を強めた。
「ウィンディーネには、まだ果たすべき償いがあります。
だから――あなたたちと一緒に旅をさせてください」




