やばい奴が来る
ウインディーネが、小さく呪文を唱えた。
「癒しの雨──」
すると空気が柔らかく揺れて、静かな雨が降り始めた。
俺の傷口に触れるたび、痛みが引いていく。
──それは、あまりに優しくて。
だからこそ、俺は違和感に気づいた。
ウインディーネが、どこか慌てている。
俺は振り返る。トーマスの方を見る。
彼の──肩口から腕が生えてきていた。
その光景は、癒しというにはあまりに異質で。
どこか、生々しく、音までしそうなほどリアルで──
映像化できるレベルじゃなかった。
トーマスは体勢を崩し、崩れ落ちそうになった。
俺が支える。
その瞬間──俺は確信した。
「トーマスは、本気で俺を殺すつもりなんかなかった。」
腕が震える。感情じゃなく、何か重たい確信に支配されて。
俺がトーマスを襲った時は──明確に、殺すつもりだったのに。
彼は、たった三撃しか俺に打ち込まなかった。
それだけで俺を黙らせるには十分だったのに、
──それ以上は、しなかった。
トーマスの瞼が震え、意識が戻る。
「どうだ……痛かったか?」
俺も返す。
「突然、両肩から腕が切り飛ばされるのって、どう?」
トーマスは苦笑して。
「……やばかった。一瞬で、意識が飛んだ。
ほんとに、“死んだ”かと思ったぜ」
──でも。
彼の視線も、同じことに気づいていた。
ウインディーネが、いない。
目を向けると、彼女は馬車の陰にいた。
頭を抱え、小さく縮こまって、震えている。
その唇が、何度も、同じ言葉を繰り返していた。
「あれは怖い……あれは怖い……あれは怖い……」
──そして、
空から、轟音が降ってきた。
マークワン。
その姿は夜を裂くように現れ、
両眼から光を放って、地上を探索している。
……何かを探している。
いや、“誰か”を探している。
サーチライトが動く。
そして──ウインディーネを捉えた。
マークワンが低く機械音を鳴らす。
カチカチと、警告音のようなリズム。
独り言のような、冷たい計算音。
「対象確認──妖精反応・識別コード:レッド」
「、反応あり──」
「命令中枢未接続──代替判断モードへ移行」
「──排除手順、仮想演算中──」




