シグルってどんな味
「う〜ん……確かに雑味はある。けど、食べた瞬間――幸せになったんだよね。」
精霊たちは顔を見合わせた。
シグルは小さくため息をつき、続けた。
「パン屋一族にとって、母親はご本尊様。小麦と大地の女神だったか……。
でもさ、ミリウスは絶対、エルミィの胸を見立ててパンをこねてたよね。」
場が一瞬で凍りつく。
エルミィは真っ赤になり、精霊娘たちは息を呑んだ。
それでもシグルは淡々と、まるで裁定を下すように言葉を重ねた。
「そんな下世話な気持ちでこねたパンを、もう一度食べたいかって言われたら――食べたい。
身体は正直だ。
エルミィの幸せが、パンを通して伝わってくる。
説明されないと分からない部分かもしれないけどな。
万人に受け入れられる味なんて、それこそ傲慢だ。
……認めたくないが、認めるしかないだろう。」
そう言って、シグルはトーマスの前に歩み出て、深々と頭を下げた。
「兄弟子に対して、失礼な物言いをしました。謝罪を受け入れてください。」
トーマスは驚いたように目を瞬かせ、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「いや、俺の方こそだ。元首直伝の手ほどきを受けたお前を、俺の下に置くことはできない。
俺にとってシグルは――姉弟子だ。」
シグルは顔を赤くし、慌てて手を振った。
「思慮が足りず、立場に胡座をかいていました……。今回の件で、自分がまだまだ修行半ばだと痛感しました。」
その声には、どこか吹っ切れたような明るさがあった。
食卓に、ようやく穏やかな笑いと温もりが戻る。
……そして俺は、ふと見てしまった。
トーマスの本妻・ルカが、静かにスマホを取り出して“焼き鳥のタレ”をアマゾンで注文しているのを。
……いや、見なかったことにしよう。
この家の平和のために。
その時だった。
いつの間にか起動していたマークワンが、無機質な声で言った。
> 「焼き鳥のタレなら、私のストレージに在庫がありますが。」
……場が、再び凍りついた。
シグル以外の全員が、固まったまま何も言わなかった。
その件は――不問となった。




