トーマス
エルミィ何故反撃しない。
私たち三人は、連れ立ってマルカ工房へと歩いて帰る。
どうやらブラックウッド家の馬車は用意されていないらしい。
──家計は火の車、というやつだ。
なんでも母さんの金遣いが荒すぎて、パンの配達の支払いすら滞っているそうだ。
それも、トーマスさんの顔を立てて待ってもらっているとか……。
……あれ? 今朝の朝食のパン、
てっきり何かのトリックかと思ってたけど……
違う。あれ、ただの朝食だったんだ。
やべえ、俺、ブラックウッド家に新たな借金を背負わせちまったかも。
そのうち本当にエドモンドさんに殺されるかもしれない。
そんな不安をごまかすように、俺は口を開いた。
「……なんで使用人さんが、俺たちと一緒に歩いてるんですか?」
するとトーマスは笑いながら答えた。
「え? 今どき“使用人差別”っすか? はやんないっすよ。
それに“使用人”なんて他人行儀な。もっと気軽に呼んでくれ、ミリウス」
……まあ、俺は別に構わないんだけど。
エルミィが得意げに言う。
「トーマスは私のセッ──」
ドガッ!
トーマスの拳が、すかさずエルミィの頭頂部に振り下ろされた。
結構いい音が鳴ったぞ!? おい大丈夫か、エルミィ。
まさか……脳に深刻なダメージを与えたんじゃないだろうな、トーマス。
エルミィは涙目を浮かべながら唇を尖らせる。
「……殴ったな、親父に!」
トーマスは無言で拳を握りしめて見せる。
エルミィは頭を押さえながら、俺の背中に隠れるようにして小さくなった。
「エルミィ、冗談はほどほどにな」
その言葉に、俺は思わず問いかけていた。
「……なあ、トーマス。それ大丈夫なのか? 雇い主の娘に暴行加えたり、呼び捨てにしたりして」
トーマスは肩をすくめて、軽く笑った。
「そのへんの説明は、マルカがするよ」
そうして、俺たちはしばし無言で歩き続け、
やがてマルカ工房の建物が見えてきた。
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謎多き男。




