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猫の髭
「……エルミィ、それは早すぎるんじゃないか」
食いしん坊のシグルが、珍しく真面目な声で忠告した。
港の見える丘の小さな部屋。
昨晩のことを思い出すと、胸の奥がくすぐったくなる。
カップに口をつけ、苦いコーヒーを一口――この味を、私は一生忘れないだろう。
未経験者が頭の中で描く理想的な“初めての夜”。
そのイメージを、私は実際に体験してしまったのだ。
隣のベッドで眠る彼を、ふと見やる。
安らかな寝顔は、意外にもあどけなさを残していた。
――油性インクでもあれば、頬に猫ヒゲでも描いてやるのに。




