ノームは何を見た
トーマスがそっと手を挙げ、マルカに控えめに声をかけた。
「マルカさん……あの……シグルのケツの毛羽まで毟りそうで、ちょっと心配なんですけど……そろそろやめませんか?」
周囲が静まり返る。
マルカは涼しい顔で答えた。
「科学の発展が人類に貢献するなら――多少の犠牲は、仕方ないわ」
その言葉は、彼女が常日頃から掲げている信条でもある。誰も、マルカを止められなかった。
だがマルカは、にこやかにこう続けた。
「……安心して。ケツの毛羽までは毟らないわ。羽が一枚、手に入れば十分よ」
シグルは安堵の息をついたものの、途端に顔を赤らめ、そっぽを向いてつぶやいた。
「……一人にしてくれ。誰も……見ないで……」
気まずい空気の中、一同は距離を取り、しばらく待つことに。
やがて、シグルがそっと戻ってきた。彼女の手には、たった一枚の羽が握られていた。
だが――その羽は、しっとりと濡れていた。
マルカは興味津々に身を乗り出す。
「どこの羽かしら?」
口元には、嫌らしい笑みが浮かんでいた。
しかし、シグルは頑なに首を振る。
「絶対に言わない……墓場まで持っていく」
場の空気が妙に重くなったそのとき、ノームが静かにアカシックレコードを開いた。
「確認してみよう……ふむふむ、これは……」
次の瞬間――
「ぶふっ」
ノームの口から泡が噴き出し、そのまま後方にばたりと倒れた。
一同はそれ以上、何も言わなかった。
何が書かれていたのか、それを知る者はいない。
そして、おそらく……知るべきではなかったのだ。
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