シグルの帰巣本能
ミリウス一行は冥界を後にした。目指すは、龍界。
歩きながらミリウスは、前を行くシグルに声をかける。
「しっかり案内頼むぞ。お前、龍界の王なんだろ?」
すると、シグルは困ったように眉を下げ、口ごもりながら答えた。
「……うん、それなんだけど……実は、龍界の行き方、私も知らないんだよね」
あまりに頼りない返答に、一同は足を止める。
ミリウスは目を細め、予想通りだと言わんばかりの顔で確認する。
「……お前、自分の国の場所を知らない王ってどうなんだよ」
シグルは胸を張って言った。
「それには理由があるの! 龍界の王位につけるのは、帰巣本能だけで龍界に戻れた者だけ。下界で育ち、成長し、そして本能に従って帰還する。それが王になるための試練なの!」
ミリウスは即座に突っ込む。
「その話、3秒で思いついたろ」
「えっ、なんで分かったの!?」
シグルは目を丸くして、本気で驚いた様子だった。
……というわけで、一行は途方に暮れることになった。
そのとき、後方でノームが控えめに片手を挙げた。申し訳なさそうに、発言の許可を求めている。
ミリウスはため息まじりに手を振った。「言え」
ノームはコホンと咳払いし、棒読みで口を開く。
「アカシックレコードによれば、この場所から東に約二ヶ月半の距離にある孤島、その洞窟が――龍界と現世の境界線だそうです」
一同が耳を傾ける中、突然シグルが目を見開いた。次の瞬間、獣のような速さでノームに飛びかかる。
「何でそんなこと知ってるのよぉぉぉ!」
突然の戦闘。シグルの咆哮に、一同は棒立ちになる。だが一人、マークワンだけが機械的に反応した。
「排除開始」
マークワンのお腹がパカッと開き、鮮やかすぎるくらいの原色の煙がプシューッと噴き出す。いかにも身体に悪そうな匂いが漂った。
シグルは煙を吸い込み、ぐらりと体を揺らすとそのまま地面に倒れ込む。
「……すぅ」
ミリウスは呆然としつつも、マルカの方を見る。
マルカは腕を組んで、当然のように言った。
「マルカ化学の遺伝子解析が役に立ったようね。常に、対外界の生物には対抗手段を準備しておく主義だから」
ミリウスは思った。この人、どこまで想定してるんだろう。
そして視線を戻すと、ノームがまだアカシックレコードを読み上げ続けていた。棒読みのままで。
「……その洞窟はかつて、が最後に姿を現した場所であり……」
ミリウスはぼそっと呟く。
「アカシックレコードがあるなら、俺たち旅しなくていいんじゃないか?」
誰も答えなかった。
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