シグルは龍族
そのとき、シグルが小さく手を挙げて言った。
「皆さん、ミリウスも含めて──ちょっと誤解があるみたいだから、訂正させて。
まず……龍は人間も私も食べません。
私を含め、龍族にそんな習慣はありません。龍の私が言うんだから、これは間違いないわ。」
一同が静まり返る中、ミリウスは思わず耳を疑った。
(……今、ものすごく重大な“前提”が、さらっと覆されたような……?)
「ちょっと待て。お前、今なんて言った?
シグル、お前って“単なるデブな神鳥”じゃなかったのか?」
言いながら、自分でもひどい言い草だと思ったが、それどころではなかった。
シグルは、今更ながら気まずそうに視線をそらしながら答えた。
「ええと……半分正解で、半分は誤りかな。
見た目がちょっと“ふくよかな”だけで、正確には“龍目シグル科”。
鳥というより、龍に近い種族なんだよね。……あと、まだ“第二形態”を残してるよ。」
「……ビデオゲームか!!」
ミリウスは思わず突っ込んだ。
「何なんだお前、まさか終盤で裏切ってラスボスになる気じゃないだろうな。
仲間のフリして、物語を盛り上げる役とか……そんな都合のいいポジションに収まるんじゃねえ!」
シグルは困ったように笑いながら、
「さすがにそれはないけど……でも、展開的には確かに美味しいよね?」
精霊娘たちは笑いを堪え、マルカは「……やっぱり、真の黒幕はそっちか」とぼそり。
エルミィだけが、なぜかちょっとだけ、安心したように呟いた。
「良かった……お兄ちゃんより、もっと面倒くさいやつがいた。」
シグルの静かな告白が響く。
「そう。精霊娘たちは、私の子──龍族と冥界の血を引く者たちと、正式に婚姻する予定だよ。」
……沈黙。
次の瞬間、精霊娘たちは目を輝かせて歓声を上げた。
「まさかこんな美味しい話がこの世にあったなんて!」「神鳥どころか、冥界と龍族のハーフと結ばれるなんて、もう神話入り確定じゃない!」
「これはもう、伝承確定よね!」「次の大戦、避けられないけど……それすらロマンチックに聞こえる!」
彼女たちのテンションはすでに最高潮。ミリウスはただ呆然と立ち尽くしていた。
「……は? 何? え、ちょっと待って。
俺が主人公で、皆のリーダーで、えっと──
……なんで俺だけ話が見えないんだ?」
マルカが苦笑交じりに肩をすくめる。
「そりゃそうだろ。精霊娘たちにとっては、血筋・地位・物語性・婚姻格差、全部が揃ったビッグチャンス。
“魂の格上げ”案件だ。」
ウインディーネは腕を組んで頷いた。
「うん。神鳥ってだけでも上等なのに、冥界と龍族の血を引いてるなんて、精霊社会的には大勝利。
ミリウス、悪いけど“平民ルート”はもう取り残されてるわね。」
「くっ……まさか“主人公補正”が、恋愛ルートにおいて完全に無効化されるとは……!」
エルミィだけが、少し納得いかなそうに、
「……私は別に、冥界とか龍とかじゃなくても良いんだけどなあ。
お兄ちゃんが“凡庸”でも、私は好きだよ?」
ミリウスは、天を仰いだ。




