冥界の王子
ミリウスの中に、確かに怒りが宿っていた。
笑っている自分が、恐ろしくなるほどの――
本性という名の怪物。
だがその空気を、優しく切り裂くように――
静かな声が響いた。
「ストップだ、セバスチャン君。……やりすぎだよ。」
その声の主に、セバスチャンがはっと顔を上げたのと同時に、
一行の目の前に、第三者が現れた。
整った姿、落ち着いた所作、そして不思議な威圧感。
それを見たシグルが、瞳を輝かせて声を上げる。
「王子――!」
ミリウスがその名を知らぬまま立ち尽くす中、男は歩み寄りながら言った。
「久しぶりだね、シグル。そして……ミリウス殿。」
その瞳がミリウスを見据える。
「どうか、その怒りを鎮めてほしい。
死者たちが……少し、怯えてしまうからね。」
声に、熱も冷たさもなかった。ただ、深い“調律”があった。
「冥界は、魂を整える場所である。
ここで暴かれるものは、己の影……
だが、それに呑まれては、ただの“迷い”になってしまう。」
セバスチャンは、ひとつ咳払いをして、やや視線を逸らす。
「……若は、生者にも死者にも、分け隔てなく優しい。
それでいて、両方に……厳しい。」
王子は笑わない。だが、表情は優しかった。
「過程には意味がある。……ミリウス殿、あなたは正しい。」
その言葉を聞いて、ミリウスはようやく息を吐く。
心の奥で、何かが静かに軋んでいた。
セバスチャンが口元を歪めて言った。
「そんなに俺のことを褒めるなよ……」
どこか、照れ隠しのような調子だった。
ミリウスはその言葉に、ふっと肩の力を抜いた。
(……この人も、“こっち側”か。)
だが、その場でただ一人――
シグルだけは、いつもと違った。
彼女は真剣な顔をして、王子に向き直ると、
シグルらしからぬほど丁寧な口調で、頭を下げた。
「……ごめんなさい、王子。
……私たちの仲間が、冥界に……迷惑をかけました。」
その声音に、冗談やおどけは微塵もなかった。
ミリウスも、他の仲間たちも、少し驚いたようにシグルを見つめる。
その姿に、王子はただうなずいた。
「……ありがとう、シグル。」
冥界は静まり返っていた。
騒ぎは収まり――魂は、また静かに整えられた。




